第90話 赤珊瑚と桃珊瑚の見た思い(8)

 構えた火の神とみなもの間に白い光が走ると、たちまち壁ができた。世界は二つに分けられた。

 

(ああ、余計なことを!)


 火の神は後ろの影にムッとした顔を向ける。


 その隙をついて赤瑚売命せきこのみこと太刀たちを抜き、一気に迫る。火の神はそれに気づくと、素早く長剣を抜き赤瑚売命の一撃を払いのけた。赤瑚売命に睨みをかけながらも、壁の外の世界に気を張り巡らせていた。みのものことが、気がかりでならない。


 目の前にいる赤瑚売命は門守かどもりの神。まさに守り戦う為の神だ。その気迫、実力は遙かに自分を凌ぐことは容易に想像がつく。それでも、この場で剣を交えることに恐れも迷いもない。だが、みなもは違う。みなもは戦いを嫌う神なのだ。それは、当然のことだ。生けるものを癒し、命を育むはずの神が他のものを傷つける行いをする。矛盾した行為とはこのこと。己の思いと乖離した行動をとることが、どれほど辛いことか。身を引き裂かれ叫び声をあげるように苦しいことか。

 

 いま己がこうして赤瑚売命の前に立っている間にも、みなもはその赤瑚売命より武に勝る桃瑚売命とこのみことと戦っている。それを考えると火の神は苦しくなった。今すぐにでも壁をぶち破って、駆けつけたいと思った。


日御乃光乃神ひみのひかりのかみよ。何を考えている。隣の世界のことに気を取られているのなら、次はその首は離れているぞ」


 赤瑚売命は、引き下がり間合いをとると、再び太刀の切っ先を火の神の目に向け突きだしてくる。それをかわすため、剣を立ち上げようとした瞬間、太刀の光を見失った。


(まずい!)


 火の神はとっさに後ろに飛び退いた。再び間合いがあいた。


「ほう、剣で払わなかったのは流石だ」


 太刀の切っ先から赤色の滴が垂れていく。火の神の右手首からもその滴は垂れていた。赤瑚売命は、太刀を振り、滴を切ると切っ先を火の神に向けた。


「退かねばその手首、飛んでいたな。人の身体とは不便よな。傷つければ、その人も死ぬ。覚悟を決めてこなければ、守るものも守れまい」


 赤瑚売命の言葉に火の神は滴る血を見ると、傷口を押さえて紅いオーラを放った。血が止まった。


(強い。これが戦う神。真直ぐになど打ち込む訳がない。顔だと思えば腕に、胴だと思えば首に。受け手の動きに合わせ、守りの弱い部分を的確に狙ってくる。下手に受けようとすれば、それこそ命取りか)


「そうだな。もとより、そのつもりでここまで来た。だが、守るべきものが目の届かぬ所へと別れるとは、思いも寄らなかった」

「まだそのような戯れ言を言うか。覚悟が見えぬな。ならば、お前はこの場で消えることになる」


 赤瑚売命は太刀から弓に持ち替えた。


「日御乃光乃神。なぜ水面みなもの神がお前と私を引き合わせたか分かるか」

「……⁉」


 火の神の気が薄くなる。赤瑚売命は、その顔めがけて矢を放った。

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