第70話 この子は!(2)
鳥居を目指し、実菜穂たちは歩いていた。鳥居は大きく目立つから、目指す方向を迷うことなくスイスイと歩みを進める。不思議なことに、過ぎゆく街並みや家々には人の気配を感じることはなかった。
(これだけ暑つければね)
実菜穂は額の汗をハンカチで軽くふき取ると、フーッと大きく息を吐き出した。遠いと思っていた鳥居がもう目の前に迫っていた。大きくそびえ立つ鳥居に、実菜穂と真奈美は思わず「はあー」と声を上げて見上げた。陽向はジッと鳥居を見ている。
真奈美が鳥居へと足を一歩踏み入れようとしたとき
「待って!」
陽向が叫んだ。
「真奈美さん、実菜穂ちゃん。動かないでください」
「どうしたの?」
実菜穂が陽向の強い口調に驚いて声を上げた。陽向はスマホ取り出して画面を眺めている。
「おかしいです。早いの。駅から鳥居までは速く歩いても二十分は掛かります。なのに時計は五分しか経っていない。それに、これを」
陽向が二人にスマホの画面を見せた。今の実菜穂たちの位置が地図上に表示されていた。画面を見る限り実菜穂たちはユウナミの社のはるか手前にいる。しかも、よく見れば道路の真ん中あたりにいるではないか。
「陽向ちゃん。これって」
実菜穂はひきつった笑顔で陽向を見ると、真奈美も今の状況が非常に危険なことを理解してスマホを覗き込んだ。
「近くに何者かいます。しかも、私たちに良い印象を持たない者が」
陽向がその者の気配を捉えようと辺りを見渡していると、突如黒い影が真上から勢いよく迫ってきた。
「しまった!」
実菜穂と真奈美を守る為に咄嗟に身構える。
「水流波!」
影が元気な甲高い叫び声をあげると、青く光り輝く小さな龍が雨粒のように降り注ぐ。
「水闍喜。どうしたの?」
実菜穂が陽向の後ろからひょっこり顔を覗かせると、水闍喜が得意顔で笑った。
「実菜穂の姉ちゃん。周りをよく見てみな」
実菜穂は水闍喜の言葉のとおり落ち着いて周りを見わたすと、サーッと血の気が引いていった。三人が立っている場所は、片側三車線の道路にあるわずかな幅の中央分離帯だ。道路には大型車からバイクまで、バンバン実菜穂たちの目の前を通り過ぎて行った。
「私、あのまま進んでいたら」
「バーン、ガシャーンだね」
口を押さえて目を大きくする真奈美に、水闍喜が拳と拳を突き合わせて弾く仕草をした。
「さあ、出てこーい。人の御霊を返せ」
水闍喜が鳥居に向かい拳を振り上げて声大きく叫ぶと、次の瞬間、空高く何かに引っ張られていった。
「わーっ、雪神様。今から良いとこなのに。もう少し待ってよー。お願い、わーっ!」
手足をバタバタさせながら、天に昇ると水闍喜は姿を消した。
三人は呆然と水闍喜を見送った。
「どうやら、紗雪が助けてくれたようです。これから先はもう安全じゃないということ」
陽向の言葉に二人はゆっくりと頷いた。
「水闍喜は幻覚を見せていた犯人が分かっていたのかな」
「あの言動からだと見えていたと思う」
実菜穂の疑問に真奈美が答えた。
三人は道路を渡り、鳥居へと向かう。
真夏の日差しが、道路を照りつけていた。
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