第47話 人を出迎える神(16)
秋人は、詩織と大学病院の待合室にいた。琴美の病室は確認して分かっている。あとは面会時間に病室に入ればよい。補講の最終日に詩織に琴美のいる病院に付き添いをしてもらうよう頼んだのだ。もちろん、いきなり頼むなど無茶なことはしない。
挨拶から始まり、詩織の出身中学の話題を振り、真奈美の中学時代、琴美のことへと話をつなげていった。最後は、真奈美は陽向と願掛けのために総社に出向いたことにして、お守りとして短冊を届けるように陽向に頼まれたと話を運んだ。最初は少し疑った顔をしていたが、秋人が陽向の神社の手伝いをしていることもあり、納得をして引き受けてくれた。もっとも、詩織自身も秋人から頼られるのはまんざらでもなかったのが本命の理由といったところだろう。
面会時間になり、秋人と詩織は琴美の病室に向かった。病室には、琴美が酸素マスクをつけたまま眠っている。
「金光さん、真奈美さんの妹さんとは知り合いなの?私、初めて見るけど、大人しそうで可愛い」
詩織は琴美を見てただ事ではなさそうな様子に、気遣うように必死に話題を振った。琴美を覗き込んだとき、長い髪が肩からサラッと落ちる寸前に軽く掻き上げる。その仕草に秋人は堅物だけの特進クラスというイメージとは縁遠い雰囲気を感じていた。
「確かにおとなしそうな感じだね。真奈美さんとは雰囲気が違うかな」
秋人は、詩織に同意して落ち着かない心を安心させると、サッと琴美の枕元に青い短冊を置いた。
「それがお守りね。綺麗な色」
詩織は短冊をマジマジと眺めている。
短冊はお守りだから触らないようにと一言添えると、詩織も素直に頷いた。
秋人は上手く事が運んでいるのか不安だったが、短冊の効果はすぐ発揮された。短冊が青色の光を放ち琴美を包み込むと、紫色の蝶が次々と姿を現した。最初は二、三匹が舞っていたが、次第に数が増え今は無数の蝶が病室を舞っている。詩織は何事もないように短冊と琴美を眺めていることから、この蝶は自分にしか見えていないことは理解できた。みなもの言葉どおりの結果になったことに笑みを浮かべると、ホッと微かに息を漏らした。
(よし。ひとまず帰ろう)
秋人が詩織に病室を出ようと持ちかけたそのとき、
「あっ、蝶がいる。病室なのに。紫の綺麗な蝶が一匹ほら」
詩織はそう言うと秋人に蝶を指さして見せた。秋人には無数に見えている蝶の中の一匹を詩織は指さしたのだ。
秋人の目が鋭くなる。
(なぜ?)
状況の整理がつかない。予想外の出来事に秋人の頭には幾つもの仮説が浮かぶ。だが、どれも解答には程遠いものばかりだった。
「詩織さん、蝶は一匹かな?」
「うん。ほら、ここに」
秋人の問いに詩織は一匹の蝶を指で追う。
「ほんとうだ。綺麗だね。きっと看護師さんが逃がしてくれるよ」
秋人は冷静を装いながら詩織の手を引いて部屋を出た。詩織は秋人の行動に驚いていたが、そのまま手を引かれて病室を出た。
秋人は帰りに付き添いのお礼にとカフェでコーヒーをご馳走した。詩織とはそこで別れると、まっすぐみなもの祠へと向かった。その顔には、微かな焦りの色が浮かんでいた。
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