第15話 鴇色の紐(2)

「そうそう。陽向ちゃんの家に行く前にここ寄っていいですか?」


 実菜穂は和菓子屋を指さしていた。


「あっ、そうだ、私、手ぶらだった!」

「いいんです。真奈美さんは今日はお客さんだから」


 実菜穂は、真奈美の手を引いて店に入った。店の中には、多くの和菓子がショーケースに並べられている。団子、くず餅、羊羹に大福。だけど、実菜穂のお目当てはやはりおはぎであった。実菜穂はおはぎが並べられている所を眺めながら、真奈美に聞いた。


「真奈美さんは、どのおはぎが好きですか」


 真奈美は、一通り眺めてみた。

 こしあん、小豆、きなこ、抹茶、青のり、白あん、梅など色々ある。


「私は、小豆だな」


 真奈美は、小豆がたっぷり入って小豆の頭が顔を出しているおはぎを指さした。


「そうかあ。陽向ちゃんも小豆派なんだよね。みなもも。私はこしあんなんだよねえ」


 実菜穂はそう言いながらケースを眺めてから店の人におはぎを注文した。


「じゃあ、小豆を6個、こしあん4個、お願いします!」


 すっかり常連となっている実菜穂に、店の人は日御乃神社の夏祭りの話をしながら笑顔で応えていた。真奈美がお会計をしようとしたが、実菜穂は先に払って真奈美のさいふを持つ手を笑顔で抑えた。


「実菜穂ちゃん、そんなにおはぎ買っても大丈夫?」

「大丈夫です。食いしん坊も来るかもしれないし。余ればみなもが片づけます」

「みなも……?」

「はい。陽向ちゃんの神社には、不思議なことが沢山あります。真奈美さんが、私を美しいと言わせたもの。それがみなもです。真奈美さんなら、きっと感じるかもしれません」


 実菜穂は真奈美の手を引いて店を後にした。


 二人は横断歩道で信号待ちをしている。信号は青に変わり、今度は真奈美が実菜穂の手を引いて横断歩道を渡ろうとした。真奈美が先に実菜穂が後ろで道路を渡ろうとしていたとき、わき道から勢いよく車が左折してきた。車は横断歩道で減速することもなく、そのまま突っ込んできたのだ。


「真奈美さん、危ない!」


 実菜穂は繋いだ手を勢いよく引き戻した。が⁉引き戻し方がまずかった。本当なら実菜穂は自分の身体ごと一緒に引き戻せば良かった。しかし、このときばかりはなぜか腕の力だけで真奈美を引き戻してしまった。結果、真奈美は歩道まで身体が戻されたが実菜穂は横断歩道に身体を残したままであった。車は、実菜穂めがけて走ってきた。


(まずい!)


 実菜穂自身そう感じていたが身体はすぐには反応しなかった。実菜穂がぶつかることを覚悟したとき、不意に身体が引き戻されていることに気づいた。自分の手を柔らかく細い指が引き戻していくのが目に入る。スローモーションの光景であった。美しく柔らかい指先、細い手が実菜穂を引っ張っていた。スローモーションが途切れた瞬間、実菜穂は、勢いよく歩道の植え込みに突っ込んだ。車はそのまま減速することなく過ぎ去ってしまった。


「あいたた……」


 実菜穂は植え込みから立ち上がると、真奈美を探した。


「実菜穂ちゃん、大丈夫?」


 真奈美が声をかけた。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと、足を擦っちゃいました」


 そう言いながら実菜穂は植え込みで擦りむいた膝を撫でながら、真奈美を見ると驚いてしまった。真奈美の顔は顔は少し青ざめて、オドオドしてうろたえているのだ。


「真奈美さん、大丈夫ですか?どこか痛いですか?」


 実菜穂が心配して声をかけると、真奈美は首を振った。


「私は全然大丈夫。それよりも実菜穂ちゃんが……ごめんなさい。

私……」


 真奈美のうろたえ様は異常であった。大丈夫だという仕草をする実菜穂の様子を見てから、手を振るわせながらスマホを取り出すと、こともあろうか救急車を呼んだのである。


「あー、真奈美さん。大丈夫ですよ。私、ほら」


 必死で元気をアピールする実菜穂を無視して、真奈美は冷静さを取り戻しながら対応した。周辺は救急車のサイレンとちょっとした人だかりで賑わった。この後、実菜穂は人だかりの中、真奈美と救急車で大学病院に運ばれることとなる。当然、救命救急センター直行となった。

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