第13話 年上の妹(7)
実菜穂は市営プールのロビーにいた。泳ぎ終わり、スッキリとした顔をしてドリンクを口にしていた。秋人は入り口付近のテーブルで本を読んでいる。先に実菜穂が見つけて声をかけた。実菜穂が市営プールに行くときは、秋人も用事がなければ図書館で時間をつぶして二人で会うことが習慣になっていた。短いながらも二人だけの時間が作られていた。
「待った?」
「そうでもないよ。図書館で本も借りたし、課題もやってたから」
「秋人が借りる本て何だろう。難しい本なのかな」
実菜穂が興味深げに聞いた。秋人は、読んでいた本と鞄に入れていた本を取り出して見せた。神事に関する本と神話、それに神々ゆかりの神社を紹介している本が出てきた。
「実菜穂の話を聞いているといろいろ知りたくなってね。陽向の神社の本社にも興味が湧いたし、実菜穂が行ったアサナミの神社も見てみたいし」
秋人は学校にいるときとは違い子供のように笑った。本来の秋人はこんな風に自分が興味あるものには無邪気になって話すのだろう。父親が亡くなって以来、話す相手が良樹くらいで、普段は淡々と作業のように繰り返す日常を過ごしいたのだ。それが、実菜穂と出会って、秋人はまた子供の時の自由な気持ちを取り戻した。今では実菜穂や陽向、良樹にと素を見せられる人が増えた。特に実菜穂には気を使わずに自分を素直に表現できた。だから、真奈美が言った『自分のことが自然と見えてくる感じ』は、実感できるのだ。
「なあ、真奈美さんのこと少し教えてくれないか。印象では実菜穂のこと大切に思っているようだったけど」
「うん。真奈美さんはお姉さんだね。妹さんがいるのだけど、小学生の時に離れ離れになって。それで私のこと本当の妹のように見てくれてるの。でもね、真奈美さんの凄いのは、いろいろ教えてくれること。自分が苦労して手にした知識や経験それに実践して身に付けたことを惜しげもなく教えてくれるの。それこそ勉強でもおしゃれでも。妹さんにもあんな風に教えていたのかなって。凄く分かりやすく丁寧に教えてくれるの。無理強いとかじゃなくて、本当に教えてもらえることが嬉しくなるの。だって、真奈美さん自身が教えているときに輝いてるから。ああいう教え方、そうそう出来ることじゃないよ。私、一人っ子だから真奈美さんのようなお姉さんがいたら、きっと尊敬するだろうなって思う。妹さんもきっとそう思っていただろうなって。それでね、教わるということについて尊敬している人がいるって、つい秋人のこと話しちゃって」
秋人は実菜穂の話を聞くとククッとこみ上げてくる笑いを止めるのに必死になった。
「そこ笑うとこかなあ」
実菜穂は不思議がって聞いた。秋人は笑いが止まるのを待って答えた。
「ごめん。いや、なんとなく想像がついて。実菜穂が俺のことを話したとき、たぶん今のようにすごくできた人のように話したんだろうなって。真奈美さんが俺のところに来た理由が分かったよ」
秋人は実菜穂を見つめると、また笑い始めた。
「本当に思ったこと言っただけだよ。秋人の教え方、本当に上手だった。何も分かっていない私に付き合ってくれて、それで結果出して。私がいま城東門校にいるのも秋人のおかげだし、感謝してる」
実菜穂は真剣な表情で秋人に詰め寄ると、秋人は嬉しげな表情で言った。
「結果を出したのは俺じゃないよ。実菜穂自身だ。あえて言えば、俺は後押しをしたくらい。本当に感謝しないといけないのは、俺の方なんだ。実菜穂がいてくれたから、今の俺がいる。実菜穂の言葉、そのまま俺のだから。真奈美さんが言ってた。実菜穂は不思議な子だと。大切な人だと。俺もそう思う」
二人は言葉を無くしてお互いを見つめていた。先に声を出したのはやはり実菜穂の方であった。
「あっ、真奈美さんと言えば、陽向ちゃんにはべったり甘えるんだよ。ほんと、これが子猫のように。真奈美さんにとっては陽向ちゃんがお姉さんなんだよ。でも、分かるよね」
「あーっ、陽向なら分かる。あの自然にでている雰囲気は上級生だと言ってもみんな信じるよ。でも、今日のあの真奈美さんからは想像つかないな」
「でしょう。真奈美さん、本当に可愛いんだよ。陽向ちゃんといるときの顔って、年上なんだけど妹みたいに甘えて。私とだと秋人が見た真奈美さんなんだけどね」
実菜穂はそう言うと笑いながら、秋人の本を手にした。
「陽向ちゃんと神社巡りしようって話してたんだ。秋人も一緒だと楽しそうだな」
実菜穂はそう言いながら嬉しそうに本を眺めていた。
「そうだな。俺も一緒に行きたいよ。水の神様も一緒にな」
秋人はそう言いながら顔を近づけると一緒に本を眺めていた。
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