第16話「ダメじゃないですか私以外の女と結ばれようとするなんて──」

「…………」


「みかん? 聞こえてないのか?」


「……創造主さま?」


「え? 何を──」


 満面の笑みで迷いなくじりじりと近寄ってくる有栖川みかん。金属バットを引きずってくる音が生々しく俺は逃げなくては。逃げなくては──なのに体が動かないんだ? 怖いのか俺は何が? 逃げるのが? わからない。言い知れぬ恐怖が俺を支配していた。そうこうしている有栖川みかんは俺の目の前まで来ると金属バットを両手で振り上げて──そして振り下ろした。



「えい♪ ええいえいえい♪ えーい♪ もういっちょおまけにえーい♪」


「ぐわあああ⁉︎ 痛い! 痛い⁉︎ やめてくれええええ!!」


「……これは罰なんですよ? 創造主さまぁ?」


「は? 罰……?」


 有栖川みかんの可愛らしいかけ声とは裏腹に俺は激しい痛みに襲われた。俺はベンチに座っているのも耐えられなくてベンチから落ちても有栖川みかんの攻撃は終わることがなく、思わず身を丸めた。その集中攻撃のあまりの痛みに叫ばずにはいられなかった。やめてくれと何に対してかわからない許しを有栖川みかんに懇願していた。みかんがせっせと俺に手枷と足枷を嵌める間も休むことなく。


「そうです。創造主さまがわたくし以外の女とキスをすることを! 接吻することを! 口づけを許そうとしたことへの罰なんです! ああ許せない! 許してはいけません! キスだなんてそんなそんな──そんなことを万一してしまったら


「完結、だって? してるだろ? とっくに」


「していませんよ? 仮にしようとしても私が阻止しますけれど」


「嘘……だろ……」


 次から次かへと意味不明な言葉が飛び出す。気づけば痛みが引いた──いや、感じなくなった。感覚がほとんどない。執拗に両脚だけを集中的に金属バットで殴られたせいか他は無事だった。笑っていたかと思えば悲しみ、悲しんでいたかと思えば狂ったように怒りを露わにした。なのにその怒りが俺に向けられることはない。たしかに俺は両脚が使い物にならないくらいに殴られた。だというのにそのときはなぜか怒りを感じなかった。それに完結していないってどういうことだ? 俺はたしかにあの日あのときあの場所で完結させたはず。それにさせないってなんだ? みかんがどうにかできる範囲の問題ということか? わからない……なんなんだこいつは……


「それはそれとして。ダメじゃないですか私以外の女と結ばれようとするなんて。死刑ですよ? し・け・い♪」


「死刑って……俺を俺たちをどうする気だ」


 みかんは金属バットを横に置くと膝立ちになって笑顔で俺の頬を左手で撫でてくる。まるで幼子を優しく諭すようで緊張感はまるでない。しかしその手つきはヤケに艶めかしく、何を考えているのかまるで読み取れない。



「俺たちってエスメリリアさんに仲間意識でも芽生えたんですか? 汚らわしい……」


「さっき、エスメリリアを殴り飛ばしただろ」


「はい♪ 邪魔でしたので♪」


 悪べれることもない。みかんは俺に言われて屋上の出入り口付近で頭に血を流して倒れて意識を失っているエスメリリアを一瞥いちべつすると心から憎んでいるような横顔で恐ろしい。しかし俺の方に顔を戻すとにこりと微笑む。精神状態の推測は不可能かもしれない。こいつはもう俺の考えた有栖川みかんというキャラクターとは逸脱してしまってるのかもしれない。


「邪魔って同級生だろ!」


「同級生であっても恋敵ですから。殺したいくらい憎んでいますよ♪」


「お、おい……」


「創造主さまの想定とは違いましたか? 私という存在は」


「そ、それは……」


 まるで見透かしたような口ぶり。たしかに俺のキャラクターである有栖川みかんは態度は極端になる場合もあるが女性キャラクターを暴力で害を成したりはしなかったし、そんなことはしてほしくなかった。ヤンデレキャラクターに暴力行為も殺人行為も、させるのは好きじゃないしさせたくない。なのにこいつは易々とことに及んだ。そう考えるとこいつは俺の考えるキャラクター像を遥かに逸脱している。そう考えたら……俺の言葉など届かないのかもしれない。


「そんなに怯えないでください。私は創造主さまを心から愛しているのですから」


「み、みかん……」


「なので今は少しだけ眠っててください」


「な! 注射器⁉︎ それで俺に何をする気──」


「落ち着いてください。これに入っているのは即効性のただの睡眠薬。またあとで。おやすみなさい。創造主さま」


 みかんは懐から注射器を取り出した。まるで最初からこうなるのがわかってたかのように。暴れる俺が滑稽こっけいに映るくらい冷静なのが印象的だった。そしてみかんは俺の体の上に馬乗りになると俺の右手に注射器の針を打った。


「やめて……くれ……暴力、だけは……」


「……創造主さま? これは必要なことなんです。創造主さまが考える女の子の体に傷一つつかないなんてそんな夢物語みたいな綺麗な世界……逆にリアリティがありません」


「みかん……おま……え……は……」


「……だから、すぐ終わらせてきます」


 みかんは俺に注射を打つとそれをポイと投げ捨てて俺から離れた。そこからすぐに瞼が重くなって視界が揺らぎ始める。即効性とは言っても早すぎだろ……意識が遠のいていく。みかんは金属バットを持って背中越しに俺に語りかける。そのときのみかんの声は言葉は表情はぼんやりだが今までに見たことがないくらいに冷たかった。最後に見たエスメリリアに向かって金属バットを片手で引きずりながら音を立ててゆっくりと歩いていくみかんの後ろ姿は言葉にできないくらい恐ろしく見えた。

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ヤンデレ小説完結させたらヤンデレヒロインの世界に閉じこめられたんだが。 むぎさわ @mugisawa

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