1-2 神宮寺マヤは告げる
教室に戻って自分の席に着くと、ため息をついた。
ヤバい人だったなあの人。うちの生徒らしいけどあんな色んな意味で目立つ人、見たことも聞いたこともない。別にわたし事情通って訳じゃないけど、あんな人ならどこかで噂を聞いていてもおかしくないはずだ。
まあ、なんだっていい。関わり合いになりたくない、それだけだ。
しかし悲しい現実が。担任が疲れた顔で入ってくると「転校生を紹介する」なんて言い出して、続けて入って来たのがトレーラーの彼女だった。
「神宮寺マヤ。センセーショナルなマキャヴェリスト。金と暴力に生きる女。そのパワースケールが世のゴキブリ野郎どもをダメージする!」
……挨拶もヤバイ。
わたしの席は、これまた大体教室の真ん中あたりに位置している。朝礼の時よりも距離が近づくと、関わり合いにはなりたくないと思いつつも、どうしてもその美しさに魅せられる。
その所業はどうかと思うが、ハーフアップの髪形は品があるし、とんでもないことを言ってのける唇は艶があり、その他顔のパーツも全部整っているときている。
目がちょっとキリっとしているのが気の強さの表れだというのなら、校長にあんなこと言うのも想像できなくはない。さすがにトレーラーは何がどうしたって想像できないけど。
あんなヤバい人がこんなに美しくていいのか? 背も170センチくらいあるじゃないか。体も細い。……胸は多分わたしの方があるけど、そこだけ勝っても仕方がない。というか勝ちゃあ良いって話でもないし。
「皆さんよろしく――は別にしなくてもらっても結構よ。私も上辺だけの煩わしい茶番はするつもりはないから」
この人いじめられるんじゃないか。
いや、いじめたらトレーラーで轢かれそうだからないか。いや、轢かれるといえばこの人なんでここに居るんだ? あんなことしたら捕まるでしょ普通。
「じゃあ、神宮寺さんには一番後ろの空いてる席に――」
「いえ先生、私のことは私が決めるわ。あの、真ん中あたりの席が良いわね」
「でもそこには別の生徒が――」
「あなた、これで足りるかしら?」
神宮寺さんはその人の机にポンっと、懐から出した札束を置いた。間違いなくそれは日本銀行券。一万円札の束に他ならない。
すると、その席に元居た人は飛んで喜び、そそくさと一番後ろの席へと荷物をまとめて移動する。神宮寺さんは満足げに、今しがた空いたばかりのご指定の席に座った。そして隣の席に声をかける。
「あなた、お名前は?」
「……中山美智香です」
その隣の席というのは不幸にもわたしの席だった。
「よろしくね美智香さん。あなたとは仲良くやれそうな気がするわ」
……どこが。どうやらよろしいのは見てくればかりの御様子。綺麗な瞳も節穴らしい。わたしは全くこの人と仲良くなれる気がしないのであった。
息苦しい。
というのも授業中、神宮寺さんは黒板よりわたしに熱心なのである。ずっとじっとわたしの横顔を見つめてくる。そっちを向いたら負けだと、わたしは黒板と自分のノートしか見ないようにする。
授業が終わってやっと解放されると思いきや、神宮寺さんはわたしに話しかけてきた。勘弁して欲しい。
「美智香さん、私決心がついたわ」
「な、なにをでございましょう?」
なんでこの人下の名前で呼んでくるかな。
「あなた、私の恋人になりなさい」
わたしは自分の耳より相手の頭を疑った。
いや、これはジョークではないだろうか。本気にしたら負けなやつ。でも無視っていうのも感じが悪い。
それに、もし怒りでも買おうものなら私も朝礼台みたいにトレーラーでぺしゃんこにされるかもしれない。神宮寺さんならやってしまうのではないか。否定はしきれない。
わたしが返事に悩んでいると、神宮寺さんはクスリと笑った。
「ごめんなさい、私としたことが。相手のことも知らずにお付き合いの返事をすることなんてできるはずないものね」
いや、そういう事じゃないんですけども。というか、もしかしてこれジョークじゃなくて本気ってことなのか。
「私は名家の御令嬢」
「へぇーすごい」
「ではないんだけど」
「違うのかよ」
「でも大金持ち」
「……自慢?」
「それと未来を見ることができる」
なんか急にファンタジー設定が飛んできた。いやこれは所謂厨二病というやつか。
「性格は、気に入らないものが嫌いという性格よ」
「某小泉みたいな言い方」
未来視の話は今ので終わりなのかよ。というかレジ袋無料に戻してほしいなあ。
「そして欲しいものはどんな手を使っても手に入れる、嫌いなものはどんな手を使っても排除する」
随分と本能に正直なんですね。
「好きな食べ物は――別に良いか。料理は私がするから。掃除はお願いね」
「気が早いよ! まだ返事してないよ!」
もちろん断るつもりだ。だが怖いのは、欲しいものはどんな手を使っても手に入れるとか言ってることである。
「確かに。でもこれを聞いたらどうかしら。私があなたを恋人に選んだ理由、それは未来視能力が関係している――」
「と言うと?」
「私、あなたと結婚式を挙げる未来を見たのよ」
…………呆れた。こんな妄言信じるわけがない。行動だけじゃなく頭もヤバい人だった。頭がヤバけりゃそりゃ行動もヤバいか。
「そのためにあなたの居場所を探し当てて、わざわざ転校してきたんだから」
だが、ストレートに突っぱねるのも後が怖い。
「……へえそうなんだ。でもわたしたち女同士だよ? 何かの間違いじゃない? あと未来視なんて信じられない」
「いえ、教会で二人誓いのキスをしていたわ。間違いない。神父か牧師か知らんけど居たし。あと未来視は本当」
クソ、神父か牧師の違いもわからん奴と誓いのキスなんてしたくない。じゃなくて、好きでもない、しかも女の子と――じゃなくて、これは彼女の妄言じゃないか。あれこれ考える必要はない。
「で、でも良いの? 未来を見たからって女の子と結婚だなんて。しかも、わたしって。好きな人居ないの?」
「大丈夫、安心して。私バイセクシャルだから。懐広いから」
「嫌いなものをどんな手を使っても排除するって言ってませんでした?」
「それに単純にあなたの顔が好きだから。可愛いわよ」
「……う、嬉しくなんか、そんなこと言ったって――」
いや、嘘。可愛いって言われたらそりゃ嬉しい。だからって付き合わないけど。
「あと胸が大きいから」
「結局カラダ目当てかよ!」
愛があっても嫌だけど!
「87という数字がおぼろげながら浮かんできて」
「小泉っ! つか、わたしのバストサイズ当てるな気持ち悪いっ」
「さて、そろそろ返事を聞かせて――」
「お断りします」
当然だった。
だが、神宮寺さんはそれで諦めるような女じゃなかった。それからわたしは、毎日神宮寺さんに付きまとわれるようになったのだ。
この日から、わたしの地獄のような日々がスタートしたのである。
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