ウェセックスの酔狂王
「おぉ、貴公が噂に聞くアルフォンスの天才か」
両国の中間にあたるアルモリカにて執り行われたヴェルナールとウェセックス王であるマティルダの対談。
常識的、慣例的に考えれば、対談を申し入れた側であるヴェルナールがウェセックスの王都たるロンディウムに向かうべきところではあったが、相手は酔狂王とまで呼ばれるマティルダであった。
ヴェルナールを是非ともこの目で見て、言葉を交わしてみたいという意思を示し、公務を家臣に放り投げると船で海峡を渡って来たのだった。
「天才など滅相もない。こちらが出向くべきところ、わざわざの御足労感謝します」
対談は和やかに始まった。
「凡そのところは、既に聞き及んでおるが面白い話を持ちかけてくれたものよな」
呵呵大笑、マティルダは機嫌よく盃を
「マティルダ王ならばこの話に興味を示すと思い持ちかけたのですよ」
「ふむ、経済圏規模が大きくなることは我が国の発展にとって望ましい」
「そうでしょうそうでしょう」
「ついては現状のカロリングについて聞かせてもらいたい」
ヴェルナールが持ちかけたのはカロリングの一部領地割譲及び、カロリングでの市場展開に関する話だった。
そこにヴァロワとの間に対等な関係での通商条約を結ぶこと加えたのだ。
もちろんヴェルナールの独断のはずはなく、セルジュやヴァロワ貴族の認可を得ての話だった。
「先日、ヴァロワ・アルフォンス連合軍との戦闘により帝国は一万三千余りの戦死者、負傷者、捕虜を出しました。これは総戦力の三分の一に相当します。そしてイリュリア方面における情勢は未だに不安定であり総動員令を発令したところでその総数をヴァロワ国境に送ることは不可能でしょう」
シュヴァーベン同盟との関係とて良好とは言えないのが今の帝国だった。
「海軍戦力は、イリュリア陣営との戦闘で壊滅したと聞く。これは千載一遇の好機と言えような」
ヴェルナールの言葉に付け足すようにマティルダは言った。
「海からの攻撃をお考えですか?」
「手の届かぬ場所からの攻撃ほど痛いものはないだろうて」
ウェセックスにはヒスパーニャの精強なる海軍戦力とも渡り合える程度の水軍があるのだ。
「それは良い策ですね」
マティルダを褒めそやすヴェルナールは、当然それくらいのことは思いついていた。
だが敢えてそれを口にしなかったのは、マティルダ自身からその言葉を引き出したいからであった。
ヴェルナールの持ちかけた話に対してのウェセックスの本気度を知るための指標としたのだ。
「そうであろう?」
「つまりは、この話に乗って頂けるということですか?」
ヴェルナールの問いかけにマティルダは人差し指を立てた。
「一つ条件を追加したい」
「というのは?」
「アルフォンス公国はいまや広大な大国だ」
何を言うのかとヴェルナールは身構えた。
「貴国とも商売的な付き合いをしたいのだよ」
ニカッと笑って言った。
ヴェルナールは、迷うような表情を浮かべる。
「まぁなに、答えを出すのに時間をかけてくれても構わんぞ?貴公からの文でも待とうか」
初めて相見えた二人の対談は、それで幕を下ろしたのだった。
数日後、ヴェルナールは書簡を持たせてカロリングへと使者を走らせる。
一つの大国が動き出し、一つの大国はその歴史に終わりを迎えようとしていた――――。
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