第163話 死闘2

 「あのバカ!」


 ヴェルナールは寝起きだというのに少しも眠くなかった。

 誰かに頬を撫でられる、そんな感覚を伴った夢を見て起きたのだ。

 そしてノエルがいないことに気づく。

 身辺警護を役目とするアンドレーを問い質すと理由を知ることなどすぐできた。

 

 「ノエル殿は、一人で部下の敵討ちに行きました……」


 アンドレーの言葉に思い出すのはミッテルラント大聖堂での斬り合いの記憶。

 フェリングを見つめるノエルの憂えを湛えた表情、テッサリアの火の閃光。


 「何処に行ったかわかるか?」

 「ノエル殿は教えくれませんでした」

 「そうか……」


 敵討ちと聞いて相手はクルデーレであることにヴェルナールはすぐさま確信を持った。

 そしてノエルでは勝つのが難しいことも。

 男女の体力の差だけではなく、剣術の懐の深さや技の多様さにおいてもだ。

 

 「自分なら分かります!」


 ヴェルナールがどうしたものかと悩み始めたとき、一人の青年が部屋へと入ってきた。

 アッシュグレーの髪にヴェルナールは見覚えがあった。


 「お前は……フェリングの……」


 その風貌は大聖堂での戦闘で亡くなったフェリングによく似ていた。


 「亡き兄フェリングの弟、フロストです」

 「そうか……名前が言えなくてすまない」


 間諜の雇用や解雇はノエルの裁量に任せているのでヴェルナールが知る間諜の者はごく一部に過ぎない。


 「いえ、兄のことを覚えていただけているだけで十分です」

 「で、フロストはノエルの行き先を知っているんだな?」

 「はい!修道院図書館です!」

 「護教騎士団の息のかかった者が館長ということか?」

 「いえ、そうではなく全員殺されています。修道女まで」

 「護教とは名ばかりの蛮行っぷりだな」


 ヴェルナールは溜息とともにそう言った。

 そしてこうも考えた。

 きっと斬り合いに負けたのならノエルは殺されることはないが心に癒えることのない傷を負うのだろうと」

 

 それ故に―――――


 「その場所まで案内してくれ。アンドレー、ついて来い!」

 

 人を集める時間すら惜しい。

 

 「しかし、敵は大勢ですよ!?」

 「おそらくそこまで大事にはしてないはずだ」


 図書館内での戦闘ならば、音は外に漏れないからクルデーレとノエルが戦闘していることはクルデーレの手下の護教騎士には伝わっていないはずだとヴェルナールは考えた。


 「それから誰かをミッテルラントの警備隊へと向かわせろ。スタンランに助けを呼べ」


 一分一秒が惜しい、その思いで矢継ぎ早に命令を出すとヴェルナールは、アンドレーとフロストとともに夜のミッテルラントの街を駆け出した。

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