第114話 エレオノーラの知恵

 「全隊、突撃ー!」


 戦場に似つかわしくない凛とした声は、もちろんエレオノーラのものだ。

 日が中天に差し掛かった頃、エレオノーラとベッテルが率いる部隊は、リエージュへと到着していた。

 街には僅かに四百の兵がいたが、突如として現れたアルフォンス軍の前に大騒ぎとなっていた。

 そこへ、千の軍勢が奔流のような勢いで突撃していく。


 「に、逃げろ!」

 「増援が来るまで死守するんだ!」


 部隊ごとに錯綜する指示に、右往左往するベルジク兵達は、瞬く間に槍の錆となった。

 四、五人で纏まっての抵抗を試みた者達もいたが、その数倍の兵に囲まれて四方八方から突かれた。

 自分達が攻める側だと聞かされていたリエージュのベルジク兵は、自分達が攻められる側なのだと悟ったがその頃には、既に時遅しだった。

 逃散する者や命を落とした物が過半を占め、槍や剣を持って戦っている者達は僅かに百五十程となってしまった。


 「お主ら、ベルジク兵のフリをして街に火をかけてまいれ」


 何かを思い付いたのか、悪戯顔でエレオノーラが傍にいたアルフォンス兵に声をかけた。

 思ってもみないことを言われアルフォンス兵は、困惑を露わに問い返した。

 

 「フリをするとはどういうことでしょうか?」

 「ほれ、その辺にベルジク兵の骸がいくらでも転がっているじゃろう?」


 エレオノーラのやって来いという無言の圧に屈して数人の忠実なアルフォンス兵が、ベルジク兵の甲冑を仕方なく纏うのだった。

 

 「ベッテル殿、攻撃停止を命じてくれぬか?」


 部隊の最高指揮官の同意を求めるとベッテルは頷いた。


 「このまま敵を皆殺しにするのも良いが、なるべく多くの敵を長時間ここに留めるとなると火を放つ方が上策じゃ」

 「エレオノーラ殿下の言、もつともなことですな」


 ベッテルが攻撃停止を命じると潮が引くかのようにアルフォンス兵は、街の外へと退却した。


 「よし、お主ら行って参れ!なるべく人の目につくようにやるのじゃぞ?」


 エレオノーラに見送られながら、ベルジク兵の格好をしたアルフォンス兵が松明を片手に街中へと消えていく。

 それからしばらくして、リエージュの街からは黒い煙が上がり始めた。

 

 「上々じゃな……」


 エレオノーラは満足そうな顔でその光景を眺めると


 「よし、住民を安全な場所へ避難させてやれ。リエージュの民衆を手懐ける絶好の機会と心得よ」


 目的を達成する為ならば、悪にでもなる。

 それが帝国士官学校成績上位者であるエレオノーラの信条だった。

 

 「ベッテル殿、妾はそろそろ本隊に戻りたいと思う。一部の兵の指揮権を譲って貰えぬかの?」


 エレオノーラは、あくまでも最高指揮官のベッテルの立場を尊重しつつ、遠慮がちに言うと


 「リエージュでの目的が果たされた今、一兵でも多くを必要としているのは閣下でしょう。七百五十の兵を率いてヴェルナール閣下の元へと向かってくだされ」

 

 ベッテルも、エレオノーラの意を汲んで部隊の四分の三を預けたのだった。


 「それともう一つ、ベルジク兵が放火したと喧伝して回ってくれぬか?」

 「承った」

 「かたじけない」


 エレオノーラは、丁寧に頭を下げると馬上の人となりナミュールを目指すのだった。

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