第109話 失念

 「これで援軍要請の書簡は書き終わったな」


 ヴェルナールが用意した書簡は、合わせて四通。 

 一つは実姉のファビエンヌ伯アレクシアに宛てたもの。

 さらには、ヴァロワ朝を継承したセルジュ王、そしてヴェルナールに協力する姿勢をみせているメクレンブルク公爵に宛てたものだ。

 残りの一通は、ヴェルナールと昵懇の間柄であるエマニュエル伯に宛てたものだ。

 この一通だけは、他の書簡と意味合いが異なるもので、援軍要請ではなかった。

 

 「良かったのですか?」

 

 手紙の内容を知るノエルは尋ねた。


 「構わないさ。でもあいつのことだから、俺のために出来ることをしようと模索するだろう?それが理由で、あいつの家を潰すわけにはいかない。それに前回とは、エルンシュタットの本気度が違う。尚更こちら側で巻き込むわけにはいかない」

 

 エルンシュタットがアルフォンス公国へ攻めてくるのであれば、間違いなく領地を接するエマニュエル伯は先手衆を務めることになるとヴェルナールは踏んでいた。


 「それはそうですね……」

 「使者の用立て、頼む」


 ヴェルナールは、それっきり黙ってオークの机に広げた地図へと視線を落とした。

 もちろん彼が考えるのは、どこで敵軍を迎え撃つのかだった。

 過去の事例では、モーゼル川河畔やアルデュイナの森といったところで迎撃していた。

 だが、さすがに同じ手が通じるかというと微妙なところだった。

 だが、グレンヴェーマハやアルデュイナの森一帯に作った陣地を活かさないのも勿体無い。

 そう考えたところで、ヴェルナールは自分の考えに誤りがあることに気づいた。


 「何も自国領土で迎撃する必要はないか……」

 

 新兵科の銃騎兵によりとれる戦略は増えている。

 それに加えて、自国の領土内での迎撃というのは兵士達の精神上、良くない。

 弱腰で、或いは及び腰で戦うと明言しているのと同じだからだ。

 それ故に本格的な迎撃戦となる前にどこかで、一勝掴んで起きたい。

 そのために使える場所としてヴェルナールが思い立った場所がつい最近、一悶着あったナミュール州だった。

 ヴェルナールが思い立った策を書き留めるべくペンを走らせていると――――

 窓外が不意に騒がしくなった。

 

 「閣下、カロリングより使者が来ておりますが」


 使者の用立てを済ませたノエルが執務室に戻ったタイミングと、使者が来たタイミングが重なったらしい。

 状況を把握したノエルがヴェルナールに伝えた。


 「会おう、通してくれ」


 ヴェルナールがそう言うと

 執務室へと一人の女性が入って来た。

 そして開口一番――――


 「前回と違って歓待の準備をしておらぬようじゃのぉ?」


 声の主は、エレオノーラ・ディ・ロタールだった。


 「ん?なんでお前がここに?」

 「ヴェルナール宛てに書簡を送ったつもりじゃが……」


 エレオノーラの目線が、ヴェルナールの執務室、机の上へと向けられた。

 ヴェルナールは、エレオノーラの視線を追って自らの机の上の一点、丁重に包装された箱へと辿り着く。


 「あ……」

 「閣下……」


 やらかした!という顔のヴェルナールと、ため息をつくノエル。

 ちなみにこの後、エレオノーラの使節団に戦の準備を理由に歓迎の支度が整っていなかったと釈明するのだった。

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