第90話 トリエステ強襲
「て、敵襲っ!」
物資を集積していた野外劇場は、見張りの報告に蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
「と、とりあえずバルコラにいる味方と、サン・ジュスト城へ知らせろっ!それからここの守りを固めよっ!」
五百の守備隊を預かる指揮官は、口早に命令を出すのだが、今更対応策を講じたところで強襲上陸を防げるはずもなかった。
「銃兵っ、各個にて射撃せよっ!」
「アルフォンス勢に遅れをとるなっ!三番隊は、射撃するのじゃっ!」
ヴェルナールとエレオノーラが、それぞれに自らの兵に指示を飛ばしながら守備隊へと襲いかかる。
ズダダーン、ズダダーン!
幾重にも射撃音が響き、野外劇場を守ろうと出てきた守備隊は、次々に鉛玉の餌食となった。
ヴェルナール率いる新兵科の銃騎兵と近衛兵団の一隊合わせて五百の銃口が火を噴く。
篝火で煌々と照らされている野外劇場だ、夜間とはいえ、狙いをつけるには十分に明るいから弾も当たる。
「な、中で防御するのだ!ここで耐え凌げば確実に援兵が来るっ」
守備兵達は射線上から逃れ劇場の中に身を隠した。
海岸から劇場への道にものの数分で屍の山を気づいた守備隊は、劇場に籠ることを選んだ。
しかし、野外劇場であって屋内施設ではなく、コロッセオに似せた石柱の間からはいくらでも攻撃が可能だった。
「全隊、ここはエレオノーラに任せて城から降りてくる敵に対処するぞ!」
四千ほどの軍勢で守られるトリエステへの二千にま満たない軍勢での強襲上陸だ、無駄にしていい時間など無かった。
◇◆◇◆
「誰ぞあるかっ!」
トリエステ防衛軍を預かるレオポルド・フォン・ロートシルト伯は、突如鳴り出した破裂音に目を覚ましていた。
しかも、音は物資を蓄積していた野外劇場の方からしていた。
慌てて人を呼ぶと、
「如何なされましたか!?」
「そちも気づいておると思うが、野外劇場の方が俄に騒がしい。何が起きているのか見て来てくれ」
丘上に築かれたサン・ジュスト城からは、トリエステの街が一望できた。
ロートシルトは、木枠の窓を開けると事態を少しでも把握しようと街を見下ろした。
そして彼は戦闘が発生しているのだと気付いた。
それから十分ほどして様子を見に行かせた側用人が戻ってきた。
「た、大変ですっ!アルフォンス勢に加え、カロリングの近衛兵とアオスタ公爵家の紋章の入った軍旗を掲げた部隊により野外劇場が奪われましたっ!」
その報告にロートシルトは、思わず耳を疑った。
「見間違いでは無いのか!?」
「いえ、そのようなことは!」
カロリング帝国に従属している状況を当代のアオスタ公が快く思っていないと知るや、今回の戦争に至るとロートシルトは離反の誘いをしていた。
アオスタ公はその誘いに乗り、日付が変わる前には明日早朝からの攻勢計画を報告するためにこちらに使者を寄越していた。
「上陸部隊は明日の昼から東側へ上陸するのでは無かったのか!?」
ロートシルトは、悪態をつくと手近な調度品を蹴りあげた。
一頻り物にあたって怒りも収まったのか静かな声で対応策を命じた。
「とりあえず野外劇場を奪還するのだ!それからバルコラにいる部隊には、アオスタ公の裏切りとその軍勢を潰すよう命令しろ!まさかこちらからも攻められるとは思ってもいまいっ」
ロートシルトの指示は彼の持つ情報から導き出したものとしては的確なものだった。
アオスタ公が裏切ったとするならば、アオスタ公が陣を貼るバルコラ方面の軍勢に対処させるべきだし、物資を奪い返すこともトリエステの占領とジュリア・アルプスでの友軍の戦闘を継続させるには同時に行わねばならなかった。
数の上では四千の軍勢を預かっているのだからそれは、十分可能な話だった。
しかしことここに至っては、その指示はヴェルナールの仕掛けた罠にハマってしまったと言わざるを得なかった。
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