第85話 夜襲

 重要な議題ゆえに結論を出すのは、明日へ持ち越しとなった。


 「思うようには、事は運ばんのぉ……ひっく」


 とりあえず明日以降の打ち合わせということでエレオノーラは、俺の部屋に来ていたのだが既に酒に酔っている。


 「少しばかり飲み過ぎなのでは?」


 ノエルが心配そうに声をかけるが


 「呑まずにやってられるかっ!こうして暢気に会議をやっているうちにも我が国民である兵士たちは命を落としているだぞぉ?」

 「それはそうですが……お身体に障りますよ?」

 「すぴーすぴー」


 エレオノーラは、酔いがまわったのか或いは精神的に疲れていたのか、机に突っ伏して寝てしまった。


 「どうしますか?」


 ノエルが困りましたとばかりに俺の方に言うが


 「好きにさせてやれ」


 エレオノーラが休めるんならと放って置くことにした。

 それからしばらくして夜が更けたころ、俺はノエルに揺さぶられた。


 「閣下、お休みのところ失礼しますっ!」


 よほど焦っているのかノエルの口振りには余裕が無い。


 「どうした?」


 目の前には深手を負った男がうずくまっていた。

 

 「閣下……嵌められました……一刻も早くッ……逃げてく――――」


 男はそこまで言うと目を見開いたままこと切れた。

 その瞼をそっと閉じてやる。


 「彼は私の部下です。彼が言うには、この大聖堂の守りは聖堂騎士団にあらず、護教騎士団であると」

 

 護教騎士団か……随分ときな臭いな。

 間諜達の調べによれば、護教騎士団は聖都奪還のために再征服聖戦ルコンキシュタを行おうと目論む過激派組織だ。

 案外、間諜への対策もしっかりしているのかこの辺りまでの情報しか報告されていない。

 だが今現在、イリュリア大同盟に与する選帝侯を除いた選帝侯が集まるこのミッテルラント大聖堂に連中がいるとすれば、彼らの狙いにある程度の予想がつく。


 「ノエル、ほかの選帝侯の居場所はわかるか?」

 「はい、部屋と間取りは確認してあります!」

 「流石だなっ!」

 

 俺達だけで逃げるのは容易い。

 だが、それでは選帝侯会議を行っている意味が無い。

 彼らがいてこそ、この選帝侯会議は意味を成すのだ。

 

 「まさか、敵の数も分からないこの状況で他の選帝侯を助けて離脱つもりなのですか!?」

 

 もちろん、これは俺らにとって危機と言える状況。

 だが、選帝侯を救う事で敵に襲われたことを逆手にとって得るものもあるのだ。


 「そのまさかだ。そこで惰眠を貪ってる皇女を起こしてやれ」


 声をかけでも起きなかったのでノエルは、エレオノーラを結構激しく揺さぶると


 「なんじゃ……ご飯か?」


 などと気の抜けたことを言いながら目を擦りながらエレオノーラは、体を起こした。


 「寝てるとこ悪いが、少しばかり運動の時間だ」

 

 そう言って、エレオノーラの剣を鞘ごと投げる。


 「敵は?」


 すると眠気はどこへやら、エレオノーラの眼差しは真剣なものへと変わった。


 「数は不明だが腕は立つぞ?うちの間諜が殺られた」


 俺も怖くないわけじゃない。

 ただ、やらなければならないことだからやらざるを得ないのだ。


 「それなら酔い覚ましといこうかのぉ」


 緩く聞こえてしまう言動、しかし鞘から剣を抜いたかエレオノーラの身のこなしは剣士のそれだった。

 既にノエルも用意は整っている。


 「ノエル、案内は頼む」

 「御意っ」


 既に消灯された大聖堂の回廊へと俺達は飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る