第63話 思惑
「スヴェーアとの戦争以来だの」
ヴェルナールは、天幕へ入るなりボードゥヴァンに声をかけられた。
もちろん、それは気さくな挨拶であるはずはなく目は笑ってないし口元は、歪に歪んでいる。
今言える彼なりの皮肉ということなのだろう。
「ご壮健なようで何より」
当たり障りないよう挨拶するとさらなる皮肉が返ってくる。
「兵どもは壮健とは程遠いがな」
ベルジクは、アルデュイナの森での戦闘で二千を、続くスヴェーアとの戦闘では自身の企みが暴かれ逆に大損害を負っていたために動員数を最大時の半分以下にまで減らしていた。
それでも春までには、ある程度回復させたらしかったが……。
「いやいや、こうしてヴァロワ朝内戦に、関わる程の余力があって羨ましい限りですよ(面倒なことになるんだから大人しく所領に引っ込んでろよ)」
「ナミュール州割譲で領土と人口が増えたの思うが?(そっちもそっちでヴァロワ内戦に絡んでるだろうが)」
「ですが教練中でまだ、ナミュールの兵は動かせないのですよ(誰かさんのせいでこっちも兵力に余力がないんだわ)」
「ほぉ、それゆえ兵を連れずに来ておるのか(お前の国ががら空きと分かれば攻め込んだのにな)」
「兵達には、今後いくらでも使い道がありますから(それ以上、挑発的な動き見せたら踏み潰すぞ?」
二人とも和やかに話しているように聞こえて、実際のところは全くもって平和とは程遠い物騒な会話だった。
「で、本日は何用かな?」
本題へ移ろうとボードゥヴァンから切り出した。
「ボードゥヴァン王とヴァロワ内戦について話したいと思ったので参りました」
「初めに言っておくが、撤兵をする気はさらさらない」
ボードゥヴァンは本題に入る前に釘を刺した。
無論、ヴェルナールの狙いはそこなのだがそれが無理なのならと別の狙いも用意していた。
「そんな無粋なことは言いませんよ」
ヴェルナールは、小さく舌打ちしたが、ボードゥヴァンは気付かない。
「いや、見たところボードゥヴァン王はシャルル陣営に加担されてるようなので同じユトランド評議会陣営に関わりを持つ者としては、互いの軍同士の衝突は避けるようにしませんか?」
「それは一向に構わん」
ヴェルナールの申し出を即了承するとボードゥヴァンは続けて言った。
「だが内戦後のことについては協力しかねる。アルフォンス公が仲介を儂に頼んでも儂がそなたにしてやれることは一切ない」
「それは何故?」
「そのときが来ればわかるだろうよ」
ボードゥヴァンのこの発言でヴェルナールは一つの確信に至った。
ボードゥヴァンがシャルル陣営に付いた理由は、見返りとしてアルフォンス大公国の領地を要求するためなのだと。
ボードゥヴァンはアルデュイナの森での戦闘に負けたがアルフォンス大公国を滅ぼすことを諦めてはいなかったのだ。
自分でダメなら他国の力を借りてでも得る、そういう男だった。
「まぁ、ボードゥヴァン王がそう言うのならそれは置いておきましょう。もう一点、気になったのですが、エドゥアール陣営の兵と本気で槍を交えるつもりなのですか?」
互いの衝突は避けるという約定を交わしたために両軍が衝突する可能性は無くなったが、外見上ヴェルナールが味方する形であるエドゥアール陣営との衝突は、このままでは避けられない。
「愚問だな。そのつもりで儂は軍隊を率いてここまで来ておる」
鼻で笑うとボードゥヴァンはそう答えた。
「そうですか……それは残念です。とは言え、こちらの用は済んだのでお暇させてもらいますよ」
ヴェルナールは、残念そうに言うと天幕を後にした。
だが街から出た彼の顔は喜色に満ちていた。
「閣下、機嫌が良さそうですね?」
ノエルがヴェルナールの顔を覗き込むとヴェルナールは一言、
「そりゃぁ、ちょっかいばかりかけてくるベルジク軍を潰せるんだからな」
ヴェルナールには、ボードゥヴァンとの衝突を避けるつもりなどさらさらなかった。
何しろ、自分の軍を温存した上でエドゥアール陣営の兵を使ってベルジク軍を潰せる絶好の機会なのだから。
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