第61話 越境

 オルレアンから二日かけてグラン・パルリエに戻ったその日の夜、


 「閣下!夜分遅くに失礼致します!火急に伝えなければならない情報がありまして」


 夜半を過ぎた頃、ノエルが慌ただしく部屋の扉を叩いた。

 ノエルが慌てているのだから嫌な予感が脳裏を横切る。


 「構わん、入れ」

 「ありがとうございます」


 許可するとノエルは音もなく部屋へと入ってきた。

 

 「で、用件はなんだ?」

 「はい、手短に申し上げますと、三千程のベルジク軍がブラバント城を出立したとの報告がありました!」

 

 はぁぁっ―――――!?

 クッソ、俺がヴァロワ継承権戦争で動けないことをいいことに再侵攻してきたのか?


 「連中の目的まで掴めているか?」

 

 問題はそこだ、微レ存ではあるが目的が公国うちへの侵攻でない可能性も考えられる。


 「いえ、それはまだ掴めておりません。間諜の者曰く目的を掴み次第、次の者を走らせるという言伝が来ております」


 考えられる可能性としては、ヴァロワ朝内乱のどさくさに紛れてヴァロワ朝側から侵攻して来るケース、或いは逆にエルンシュタット側の国境から仕掛けてくるケース、そして北のアルデュイナの森から侵攻してくるケースなどが挙げられる。


 「いづれにしても俺は動けないことに変わりないか……」


 さすがにエドゥアールに一言も断りなくグラン・パルリエを発つわけにはいかない。

 それにセルジュとの約束ですら最悪反故となるのでそっちに対しても断りを入れなければいけないのだ。


 「明日の昼までに出発の支度を整えさせろ」

 「かしこまりました」


 およそ情報は一日遅れで伝わっている。

 明日には、ベルジク軍の狙いが明らかになる情報がもたらせれると考えても良さそうだ。

 仮にもベルジクの狙いが公国うちへの侵攻だったとしてもかき集めれば兵力は三千を越す。

 兵力に大差ない限り持ちこたえることは出来る。

 だがここでも一つの疑念が生まれた。

 オルレアンでシャルル陣営の騎兵に追われたときに抱いたものと同じものだ。

 なぜ、ベルジクにこうも早く俺の動きが伝わっている……?

 ベルジクが諜報部隊を新設したという話は聞いちゃいない。

 第三者、または第三国の思惑が絡んでいるのか……?

 そう考えると同じエドゥアール陣営内の人間ですら信用出来なくなってくる。

 これ以上考えては疑心暗鬼に陥りそうだ。

 とりあえず今は考えるなと自らに言い聞かせながら寝台へと戻るのだが結局、俺は寝れない晩を過ごした。


◆◇◆◇


 だが翌日、太陽が中天に差し掛かった頃もたらせれた報告は、ヴァロワ継承権戦争が新たな局面を迎えたことを告げるものだった。

 同時にそれは予想外も予想外の一手を打たれたことを意味した。


 「閣下!ベルジク軍がヴァロワ国境を越境しました!」

 「今どこに!?」

 「報告によればリールにいると!それもシャルル陣営を意味する旗印を立てているとか!」


 どういうつもりだボードゥヴァン!

 全く意図が読めない。

 あの男がヴァロワ継承権戦争のどこに利益を見い出したのか。

 

 「誰か、エドゥアールの元に代参させてこのことを伝えろ!」

 

 俺は俺でこうなれば直談判しに行くまでだ。

 事態は一刻を争う、対応は早急にとった方がいい。

 

 「それからノエル、お前は俺とベルジク軍の元へと向かうぞ!」

 「御意っ!」


 幸いに帰国させるために出立の準備は整っている。

 ベルジク軍の元へと向かうのにそう時間はかからなかった。

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