第58話 決闘

 「貴殿は名のある御仁と推察するが、名を申せ!」

 

 追ってきた十騎の騎兵の前に立ち塞がる俺とノエル。

 追っ手の隊長と思われる男に誰何をされる。

 だが、どこの馬鹿が正直に名前など答えるのだろうか。

 既に俺がエドゥアール陣営にいることがシャルル陣営の耳に入っている頃合いだろう。

 仮にも名乗ろうものなら、躍起になって掛かってくるに違いない。


 「ふん、名を知ってなんとする?」

 

 逆に問い返すと男はニヤリと笑った。


 「実を言えば、アルフォンス大公国のさる御仁がオルレアン市に入ったという情報があってだな。それを探しているのだよ」


 これは、もうバレてるとみて良さそうだな。

 一体、どの筋の情報なのかは確かめたいところだが……。

 というのも実際にシャルル陣営の部隊を見てから今後の戦略を練ろうとして俺は昨日、このオルレアン市へと到着した。

 移動時に目立つことを避けるために随伴員も連れて来ていない。

 それなのにどうして発見され、こうも早くにシャルル陣営へと伝わっているのか。

 シャルル陣営とエドゥアール陣営の対立以外に何者かの思惑が絡んでいる気がしてならない。


 「そいつはご苦労だ、だが残念ながら俺はそんな大層な身分じゃないんでね」


 妹の手前、カッコつけたいという気持ちはあるけどやはり戦わないのが一番最良の洗濯なのだ。


 「ほぉ、ならば何用でこのオルレアンに?」

 「あの馬車の中にいるマルタン市長に食料を用立てるよう頼まれて食料を売りに来た商人さ。それ故に名乗るほどの者じゃないというわけよ」


 あくまでも白を切り続ける。

 だが眼前の男は、槍をこちらへと突き出した。


 「だが俺の目は騙せない。馬上での身のこなし、心得ある者とみた!捕縛しろ!」


 後ろにいた部下たちに男は命令を出すとこちらを見据えた。


 「商人殿には申し訳ないが、もう少しこのオルレアンに逗留してもらおうじゃないか」


 やはり完全にバレているか……。


 「ノエル、最悪のケースらしい」


 俺は、鞘から剣を抜いた。

 それに合わせてノエルも剣を抜く。

 ノエルは、いつもの短剣でなく今回の得物は長剣らしい。


 「レティシア様にいい所を見せられますね」


 ノエルは、そう言って戦場に不似合いな笑顔を見せる。


 「ようやく姿を現したな、ヴェルナール殿!者共、かかれーっ!」

 「「おぉぉぅっ!」」


 馬に鞭をくれると追っ手の騎兵達が一気に間合いを詰めてくる。

 十対二の勝負か……分が悪いがそれは元から覚悟していたことだ。


 「その首ッ、貰ったぁぁぁっ」


 先頭の敵騎兵が槍を鋭く突き出す。

 が、単純であるがゆえに軌道はすぐに見切れるから避けるのも容易だ。

 突き出された槍を剣で払い除けると共に、相手が引き戻すタイミングを見計らって左手で掴み槍の動きを封じて右手の剣で脇腹を切り裂く。

 それと同時に左側に来た敵の槍を、そのまま右手の剣で切り落とす。

 チラリと視線を右に向けるノエルも敵二人を始末していた。

 先に落馬しただろう敵には槍を持つ利き腕にダガーが刺さっている。

 どうやらノエルは、外套の内側にダガーを潜ませていたらしかった。


 「騎士道にもとる戦い方をするか小娘!」


 男はノエルに向かって吠えたがノエルは、何処吹く風と受け流す。


 「騎士道で飯が食えるのなら私も騎士道に従いましょう。というか貴方達も騎士道に反する行為をしているのでは?」


 掛かってきた三人目を斬り伏せながらノエルは、息も乱さず男を問い質す。


 「おのれぇぇっ、言わせておけばよくもっ!小娘、貴様を捕らえて女の悦びというものを教えてくれるわっ!」


 そう吠えると男は下卑た笑いを浮かべノエルへと距離を詰める。

 おそらくあいつがこの中で一番の遣い手とみる、ノエルに万が一のことがあればマズイし俺が代わるか……。


 「それがどんなものかを教えて貰いたいですな!」


 ノエルと男との間に割って入り男の槍を跳ね除ける。


 「ノエル、雑魚は任せた」

 「かしこまりました」


 敵の隊長と思われる男の相手は俺がする。

 ノエルには他の四人を任せることにした。


 「お兄様、頑張ってくださいまし!」


 後ろの馬車の方からはレティシアの声が聞こえた。


 「ふはははは、王侯貴族程度の剣技で本職の俺が倒せるとでも?」


 眼前の男は槍を放り投げると剣を抜いた。

 槍では初手を躱されれば圧倒的不利になる、そう考えたのだろう。

 そして男は踵を返すとこちらとの間合いをとった。

 

 「シャルル殿下直率騎兵部隊隊長ガエタン!」


 そして名乗りをあげた。

 騎士道精神に則っての尋常な勝負をしようということか。


 「我が名はヴェルナール・ラ・アルフォンス、いざ尋常に――――」

 「「勝負」」


 俺も、そして男もまた馬へと鞭をくれ地面を蹴飛ばした。

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