第20話 ボードゥヴァン
一悶着あったものの夕刻前にどうにかホランド王国の王都モクムに入ることができた。
交易で栄えるモクムの街には貿易商が集まっており大陸最大の港を持つことからも非常に賑やかだ。
「この港、欲しいな」
「ほ、本気ですか!?」
ふと漏らした一言に驚いた様子でノエルが反応した。
「いや、さすがに冗談だけど
ここを手にすれば、それだけでアルフォンス公国は世界中と貿易することができるし国家としての価値も爆上がりするだろう。
「それはそうですが……」
ノエルは困った顔をすると窓の外を見つめた。
「でもいつか、閣下なら成し遂げそうな気がするんです」
「そうか?」
「気がするだけかもしれませんけど」
まぁ、この港が手に入るなんて夢のまた夢だよな。
ホランドと戦争をするにしたって国力に差がありすぎて勝てるビジョンが見えない。
「アルフォンス公爵様、ダム広場に到着致しました。ここからは徒歩でのご移動をお願い申し上げます」
御者が馬車を止めて言った。
ダム広場と名付けられたこの広場の正面には、モクム宮殿が威厳と共に立ちはだかるように建築されている。
「儀仗兵ーっ!整列!」
俺が馬車から降りたタイミングで煌びやかな甲冑を纏った兵士達が一斉に並んだ。
まるで国王並の扱いだな。
すると一人の男が出てきた。
「案内を仰せつかりました。ブレフトに御座います。どうぞこちらへ」
ブレフトと名乗った男に導かれるまま宮殿へと入っていく。
「随伴の方が怪我をしていらっしゃるようですが何かあったのでしょうか?」
長い長い回廊を歩きながら世間話をするようにブレフトが切り出した。
「あぁ、野盗に襲われてな」
「よくぞご無事で到着なされました」
「相手がへっぴり腰の弱い者達で助かりました」
わざと敵をこき下ろすような言い方をした。
が、ブレフトの表情に変化は見られない。
自分の手の者に対して、野盗だのへっぴり腰だのと言われれば苛立ちが顔に出るはずだ。
その苛立ちをおくびにも出さない男なのか、あるいはブレフトとは関わりがないことなのか。
判断するには材料が乏しいが、今のところはブレフトの仕えるホランド王国に関わりのないことだ、と結論づけておこう。
「エルンシュタット軍を相手取っての快勝といい貴方様には、幸運の女神でもついておられるのかもしれません」
「最近は、面倒事ばかりだがな」
具体的に言うと、ユトランド評議会とかユトランド評議会とかユトランド評議会だ。
「さて、この部屋で両国王がお待ちです」
案内された部屋に着くと、ブレフトは一礼して下がっていった。
「閣下、私はどうしましょうか?」
「何かあったら行動を起こせるよう待機しておいてくれ」
「わかりました」
普通に考えたら三人の国王同士の顔合わせといったところだよな。
それにこういう場に女性を連れていくのは、あまり好かれない。
そう考えてノエルには部屋の外で待っててもらうことにした。
「おぉ、待っておったぞ!」
「お初ですな」
部屋に入ると二人の国王に声をかけられる。
恰幅の良い方がホランド国王ヴィレム・ファン・オルニエ。
そして後から声を発したいかにも食えない老獪といった面相なのがベルジク国王ボードゥヴァン・シャルル・ラ・ベルジックだ。
ボードゥヴァンの顔からは、いかにも野心家であることが窺える。
もしかしたらアルデュイナの森で襲ってきた連中を差し向けて来たのはコイツかもしれない。
「遠路はるばる疲れたであろう。道中、何事かあったかな?」
いかにも心配しているという様子で、いけしゃあしゃあと言ってのけるあたり、ボードゥヴァンが仕向けたと考えて良さそうだ。
「山賊どもに襲われましてな。いやはや、さながら愚図の集まりといったような集団でした」
さっきのブレフト同様、カマをかける。
「襲撃を受けたのは我が領内でのことかな?」
「アルデュイナの森でした」
「ふーむ、賊も我が領内でアルフォンス殿に襲撃をかけるとは……まるでベルジクとアルフォンスの仲を引き裂かんとしておるようだな!」
白を切るつもりか……簡単には尻尾を出さない。
「貴国の領地経営の甘さが招いた不手際なのでは?」
言外に謝罪をしろというメッセージを送る。
「アルデュイナ周辺を治める貴族どもに伝えておこう」
皮肉のつもりでもあったのだが全くもって意に介さない。
「もしかすると、ヴァロワ朝の仕業やもしれぬぞ?」
横合いからヴィレムが口を出してきた。
「おぉ、ヴィレム殿の言う通り、その線は濃厚ですなぁ」
やはり二人してグルか……。
ボードゥヴァンを庇うようなヴィレムの発言、そう考えても良さそうだ。
ともなれば、やはり晩餐に毒が入っている可能性は否めない。
「まぁこの件は、
「そうだな、アルフォンスの諜報網は優秀と聞く。賊の正体がわかるのが楽しみですな」
そう言ってボードゥヴァンは笑ったが、目元は笑っていなかった。
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