第3話

うわ、やってしまった。

たくさん数式が書かれた紙の右上には、42、の赤い文字。小関先生が何か言いたそうに意地悪く笑うからすぐに自分の席へと戻った。笑えない。全く笑えない。


「えー。今回の最高点は89。高瀬。」


名前を呼ばれたのは高瀬さん。特にうれしそうな顔をする事もなくペコリと頭を下げる。


「そして最低点はーーー31点な。名前は言わないけど勉強しとけよ。」


思わずほっと胸をなでおろす。最低点ではなかった事には一安心だけど、次までに頑張らないとなあ。


「ねえ、どうだった?」

「聞かないで。陽菜は?」

「私も聞かないでほしい。」


私と同じように暗い顔をした陽菜がイスを引いて私に向き直る。聞かないで、とお互い言ったものの無言で答案用紙を交換した。46。思わずお互い目を合わせて頷く。結託。2人とも数学は苦手だ。


授業が終われば自然とそれぞれグループで集まって点数の囁き合いが行われる。数学が得意な栞は私と陽菜の点数を見て笑っていたから2人で一緒にくすぐってやった。


「また高瀬さんトップだったね。」

「だね。」

「当然なんじゃない?ほら、いつも勉強ばっかりしてるし。」


視線を促す栞の目に少し悪意がちらついていて、ドキっとしてしまった。こういう視線は苦手だ。促されるまま見れば高瀬さんはテスト用紙に向き合っていて、どうやら間違えたところを復習しているようだ。


「すごいよねえ、ほんと。」

「ね。でもああはなりたくないけどね。学校生活楽しいのかな。」


ふふっと馬鹿にしたように栞が笑って、また心臓が縮まった。何もいう事が出来ず曖昧に笑って頷いてしまう。自分のこういう所が嫌だなあと思うけれど結局何も行動には移せない事も分かっていて、自分が情けなくなった。




バシャバシャと雨が屋根を打つ音が聞こえてくる。予報にはなかったのに昼前から雨が降り始めた。音楽室の中で食べようと思っていたが中から吹奏楽の先輩らしき声が聞こえてきて諦めた。仕方なく別に教室を求めて階を上がる。見つけた図書館の傍の空き教室に足を踏み入れれば、そこには先客がいた。


「あ、や、どうも。」

「なにその変な挨拶。こんにちは。」


キョドってしまえば高瀬さんが少し呆れたように笑う。あ、笑ったの初めて見たかも。なんて思いながらもそのまま教室を出ようとすれば、高瀬さんが私の名前を呼んだ。そして私が持つお弁当袋を指さす。


「お昼ご飯食べないの?」

「食べる、けど。」

「どうぞ?」


何も気にした様子はなく彼女が一つ離れた机を指さす。このまま出て行くのも変で、仕方なくその席に座った。なんとなくソワソワしてしまう。


「いつもここで食べてるの?」

「そう。図書館が近いから。」

「へえ・・・」


既に今日も綺麗なお弁当の半分を食べ終えている彼女は、特に私と会話をする気もないらしい。食べ終わると器用にお弁当を包み直し、そのまま本を読み始める。


ひとまず、お弁当を開いてみる。冷凍のからあげを掴もうとするけど、結局つつくだけ。そんなことを繰り返してるうちに変な目で見られていないか気になって高瀬さんの方をチラ見する、が、彼女の視線は本にしか向かっていなかった。それ以外はシャットダウンされているようで、どんなに面白いんだろうと思わず題名と著者を覚えてしまった。知らない著者名だなあ、綺麗な表紙だな、どんなストーリーなんだろう、ていうか数学教えてくれないかな、なんてボーっと思いながらお弁当をつついていれば、気づけばブロッコリーを口に運んでいた。あ、と思っていた時には既に咀嚼中。そして、飲み込む。相変わらず高瀬さんの視線は私に向けられることは無かった。

結局そこから先は箸は進まなかったが、ブロッコリーに塩振ってあったんだなあ、なんてことに今日初めて気が付いた。

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