シンプル

夏目

第1話


「雪奈ちゃんのお弁当、冷凍食品ばっかりだね。」


グサッ、という音が聞こえた気がした。


小学生の時、遠足で楽しみにしていたお昼の時間に、私のお弁当を覗き込んで同じ班だった友達が少しバカにしたようにそう言った。何も気にしていないような態度をとったけれど、正直その後の会話はほとんど覚えていない。あんなに楽しみにしていたはずの遠足なのに早く帰りたくてたまらなかった。家に帰って「楽しかった?」と笑いかけるお母さんの顔を見た途端号泣してしまった事だけは鮮明に覚えていて、結局お母さんには何も言えず、ただ困らせてしまっただけだった。




チャイムの音が聞こえて、日直が号令をかける。きりーつ、きをつけー、れー、やる気のない声と共に先生が教室を出て行って教室が騒がしくなる。


「お腹空いたー。」

「陽菜さっきお腹鳴ってたでしょ。」

「え、うそ、聞こえてた?」

「うん、ばっちり。」


席が前後で普段も一緒にいることが多い陽菜が恥ずかし!と頬に両手を添えた。徐々に他の友人たちもお弁当をもって集まってきて、ねー購買いこ!なんて同じく友人の栞がお財布をもって立ち上がる。そんな声と同時に私も席を立った。


「雪奈は今日も音楽室?」

「うん。そのつもり。」

「えーーたまには一緒に食べようよー。」


栞がそう言って口をとがらせて、そんな栞の真似をして陽菜もおどけたように口を尖らすから思わず笑ってしまう。もうっ、と栞も笑って陽菜を小突いた。


「本当に雪奈は練習熱心だよねえ。」

「そんなことないよ。」

「またまた~」


じゃ、また後でね。そういって手を振る陽菜達に私も手を振り返して、お弁当袋をもって教室を出た。吹奏楽部に所属する私と、帰宅部の陽菜、そしてバトミントン部の栞。それぞれ部活はバラバラだ。

袋を握り締めたまま階段を上り、向かう先は音楽室。ではなくて。


音楽室のすぐ隣にある外と繋がる非常階段。その中腹に腰かけて、思わずため息がこぼれた。

普段ほとんど人が通らなくて、駐輪場とグラウンドだけがわずかに覗けるこの場所。私は毎日、この場所で一人でお昼を食べている。練習なんて本当はほとんどしていない。練習熱心だね、と本気で褒めてくれている2人の顔が思い浮かんで罪悪感にまたため息が出た。



『雪奈ちゃんのお弁当、冷凍食品ばっかりだね。』


少し棘のある女の子の声が耳元でする。もう誰が言ったのかも、顔すらも覚えていないのにその声だけは鮮明だ。たった一度のその言葉に、私は今も呪いをかけられている。あの日から私は家族以外の前でご飯が食べられなくなった。意味が分からないと自分でも思う。何を気にしているのかと自分でも思う。でも、それが事実なのだ。何が原因かも分からず私は人前でご飯を食べることが苦しくてたまらなくなった。中学生の時は何度かチャレンジしたけど無理やり口に詰め込んだ給食はトイレで全て戻してしまった。結局担任の先生に相談したけれど理由を言う事だけは出来なくて、先生にも、友人にも、母親にも、その理由を話すことは無かった。


グラウンドから聞こえてくる運動部の声を背にお弁当の蓋を開ける。からあげ、シューマイ、エビのグラタン、隅っこのプチトマト。相変わらず冷凍食品だらけのお弁当を特に何の感想も持たず胃の中に詰め込んだ。食べ終わった後は申し訳程度にサックスを吹いて、10分前には教室に戻る。これが私の日常だった。

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