第30話 彼女が婚約破棄を命じた本当の理由

 両親の出会いの場は、父に強烈なトラウマを残しつつも、なんとか収拾したそうで。


 父は急ぎ城から逃げ帰ると、すぐに私の曾祖父である商会長に相談したのですが。

 それは国を挙げての大騒動に発展してしまいました。


 帝国は父に爵位を与えるから、夫婦で帝国に住めと言ってくるし。

 祖国は父に爵位を与えるから、皇女を迎えて祖国に住めと言ってくるし。


 これに父は困りました。

 母に押されに押されすぐに絆された父も、商会を継ぎたい気持ちにだけは変化がなかったからです。

 下手に爵位などを得てしまったら、商売に支障となる可能性がありました。


 結局、父に惚れ込んだ母が伯父を脅迫……説得して、商会の支部長のうちは帝国に住むこと、いずれは商会を継ぐ予定だからその際に祖国に戻ること、爵位を得るかどうかは夫婦でじっくりと話し合い決めたい旨を、伯父に納得させたようですね。


 ですけれど伯父はいまだに不満たらたら、母への溺愛振りも変わらず、おかしなことばかり言っています。


『婿殿は無欲で困る。王配でも宰相でも、望むだけの地位を与えてやろうと思っていたというのにな』


 いまだ会うたびぼそぼそと繰り返し、母からの叱責を受けておりますが。

 伯父の話はさらにこう続きます。


『ローゼマリーはどうだ?そろそろ国が欲しくはならないか?』


 伯父は瞳をきらきらと輝かせ、私に問うのです。

 あんなに愛する母のため息を聞こえないものとして。


『祖国に拘らなくてもいいのだぞ。他のどの国でも構わない。ほら、欲しがっていた真珠の採れるあの国はどうだ?何?商会の仕事として良質な真珠が欲しいだけで土地は要らぬと?国ごと奪えばいいではないか。そんな面倒なものがあっては商売の邪魔になるだと?ふーむ。あの男に似て、そなたも無欲に育ったな。ではあの特殊な宝石が採れる鉱山を抱えた……』


 と、長々と妄想に近い伯父の話は続きまして。

 最後に伯父はにこりと微笑み、必ずこう言います。


『生まれた国など要らぬとなれば言ってくれ。あの国はどうも……うん、微妙なところにあってな。私としては、ローゼマリーが治めた方がずっと良き国になろうと考えているのだよ。何だ、まだ政には興味がないか?アニスもいるしだと?ふむ。されど、あいつも国政には興味がないと言っていよう。それにもし興味を持てばだな。すぐにでも次期皇帝に指名してやりたいと思っているのだ。アニスまであちらの国に取られては都合が悪い』


 アニスとは弟のことです。


 伯父にも子どもは沢山いるのですが、何故かうちの弟を次期皇帝にしたいと言い続けておりまして。

 弟に帝位への興味はなく、順当にいけば次期皇帝となるであろう従兄弟たちとも仲良しですから、有難いことに皇位継承権を懸けた血で血を洗う争いなんてことにはならずに済んでいるのですが。


 世が世なら、この伯父の一言で醜悪な世継ぎ争いに発展していたことでしょう。

 伯父が普段真面?であるがゆえに、母が絡んだときの伯父に関しては、「また例のあれでご乱心だ」と誰も相手にしなくなっていたことが良かったのかもしれません。

 でなければ、私たちもどうなっていたか。



 というわけで、私たちの存在は帝国ではよく知られておりまして、皆様からは皇族の一員として扱われる場合も多いのです。

 おかげさまで過ごしやすいような、かえって商売がしにくいような、微妙な環境に身を置いているのですが。


 伯父のおかげか、私たちを良からぬ方向に利用しようと考える方は帝国内にはあまりいらっしゃいません。

 それが露呈した際に何が起こるかと考えますと、悪いことを考える方々はかえって私たちに近寄らない選択をするようですね。


 逆に周辺国には、私たちを利用したいと考える方もまだ多くいらっしゃるとか。

 攫って交渉用の人質にしようと計画されるようなこともたびたび起きていたそうですが、すべては私たちの知らぬ間に対処されていて、こちらも有難いことには私や弟が知るところにはありません。

 近年ではそのような考えがその身どころか国を滅ぼすと理解されるようになってきて、目立って行動される方も減っているとのこと。

 だから私たちも気を緩めていたところだったのですよ。



 それなのに、何故でしょうか。

 

 私たちが最も大事に想う国の方々が、私たちの事情を理解されておらず。

 あのような婚約破棄の騒動を起こしてしまうだなんて。


 それも理由が──。


『この国で一番の姫でいたかったのよ』


 知ってしまっては、なおのこと彼女を認めることが出来ませんでした。

 


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