第25話 いいえ、政略的な婚約です
この通り、婚約者様と毎日共に過ごしておりますと。
私たちが本当に想い合って婚約したのだと、信じる方も増えてきました。
そのうえ私が父の仕事場に顔を出さなくなりましたので。
本格的に花嫁修業を始めたのではないか。
強く想い合う二人だからまもなく結婚するのではないかとも囁かれているようです。
皆様本当にお噂を好んでいらっしゃるようで。
今の私たちとしましては、大変有難いお話なのですけれどね。
皆様、まだまだ懲りないようです。
話の流れからお気付きの通り、この新しい婚約はそのような夢見心地な理由から成り立ったものではありませんでした。
私たちの婚約は、この国のために結んだもの。
完全なる政略的な婚約なのです。
だってそうしなければ。
この婚約者様は、あの日を最後にこの世から消えていたかもしれませんし。
あの場にいた他の皆様は当然ながら、この国の王侯貴族の皆様すべてに問題が波及していたかもしれず。
それで終われば上々と言えるほど、この国の存続さえも危うかったのです。
だからこそ、婚約者様は狡いと思います。
すべて分かっていながら、あのように多くの人の目がある前で私に求婚したのですから。
その狡さ、妹君であられる王女殿下にも少しは教えて差し上げていたら、最初から何も起こらなかったように思いますが。
とても狡い御人ですから、何か起こりそうだと気付きながら、あえて助言などは与えなかったのでしょう。
婚約者様は、私の考えが何故か読めているようでして。
「実は昨日あまり寝られなくてね。しばし膝を貸りてもいいだろうか?」
また狡い対応をされるのです。
こうして狡い、狡いと思っている私なのですが。
同じベンチに座っていた婚約者様が体を倒されますと、ついうっかり淑女らしくなく、心から微笑んでしまうのでした。
向きの異なる旋毛は二つ。
ふふ。なんて可愛らしい旋毛なのでしょうか。
実は幼い頃に、旋毛の形や向きの研究に嵌っていたことがありまして。
同じ形がひとつとないそれは、幼い私にはとても興味深いものだったのでしょう。
それが癖となって、今でもこの身に残ってしまったようでして。
頭頂部を拝見する機会に恵まれますと、今でもついつい旋毛を観察してしまうのです。
ここで驚くことには。
えぇ、これも婚約者様がとても狡い御人だと思う理由のひとつとなっているのですが。
たった今、私の膝に頭を乗せているこの御方は、私のこの癖を知っていて、あのときあの場で跪き、さらに頭を下げていたことが分かったのです。
皆様に求婚した事実や謝罪の意を印象付けるパフォーマンスの意味だけではなかったなんて。
ねぇ、本当に狡い御人だと思いませんか?
だからこの婚約は、完全なる政略的なもの。
そうでなければ、お腹の中が真っ黒な御方となんて婚約しません。
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