第22話 それは私の知らない話です

 私があえて発言を控え見守っておりましても、私と深く関わりのあるお話は続きます。


「忙しい陛下の時間を奪ってまで、謁見の間でお前はこう切り出した。ギルバリー侯爵家の令嬢殿が息子を気に入っておりまして──」


 ほぅほぅ、それは初耳ですね。

 婚約するまでお会いすることもなかったはずですけれど、誰が誰を気に入っていたのでしょう?



 私はそこで古い記憶に得心しました。

 

 それは初めて公爵令息様と二人だけでお話をする機会を頂いたときのこと。


 私たちはお菓子や紅茶が用意された席に向かい合って座っておりました。

 彼の態度が一変したのは、皆様が部屋を出て行かれた後のことです。


 むっすりと腕を組んでそっぽを向かれたかと思えば、黙り込んでしまいましたので。

 それからしばらく放置しましたところ。


 何故私を放っておくのだ!から始まって。

 何故私に優しくしない!だとか。

 婚約してやったのになんだその態度は!等々。

 

 おかしなことばかり言っておられましたから。

 他人が自分の都合良く動いてくれることをただ待つこと、その時間ほど無駄なものはないという私の考えを、丁重に教えて差し上げることにしたのです。


 貴様は何を考えている!と言われたからでもあります。


 そういえば、呼称についても一言はお伝えしておりました。

 公爵令息様がどのように私を呼ぶ自由もあるけれど、呼ばれた方は不快に想っていることを知って頂く分には構わないでしょう?

 それを知ったうえでどう呼ぶか、その先は令息様の選ぶことですからね。


 それ以来、貴様と呼ばれることはなかったように思いますが……あらら、そうではないかもしれません。


 いつしかお会いするたびに令息様は私に怯えた顔を見せられるようになりまして、お会いする機会自体も避けられているのか、月日を重ねるほどに減っていきました。

 私も忙しかったもので、結婚してからよく知っていけば良いのかなと特に何もしなかったところ。

 婚約者らしい付き合いは皆無となりまして。


 いつの間にやら、王女殿下と親密な仲になられていたようで。

 そうしてこの通り……あら?


 もしかして、本当に私のせいだったのでしょうか?



 私が心にもない反省の気持ちを抱いてみようと考え込んでおりましたところ、公爵様を追い詰める議長様はさらに面白いことを聞かせてくださいました。


「そ、そのようなことを言った覚えは……」


「ほぅ。お前は陛下の記憶を否定すると?」


「ひっ。そんな、滅相もございません。ですが私にはその、本当に覚えがなくて」


「とことん残念な頭だが、この件に関しては何も問題ないぞ。当時のお前の言葉なら、俺がすべて覚えているからな。ここで思い出させてやるとしよう」


 議長様、それは素晴らしい記憶力ですね。

 そこに何かの強い執念を感じるのは、気のせいでしょうか?


「あれだけ気に入っているのなら、将来も安泰ですぞ。帝国の皇帝陛下の姪が、この国の筆頭貴族である公爵家の夫人となれば、この婚約が両国の橋渡し的な意味を持って、しいては国益となることは間違いございません。されども、ギルバリー侯爵家では一家そろって頻繁に帝国へと足を運んでおるようですし、あちらで婚約者を用意されてしまったら、いくら我が息子を気に入ってくれているとしても、こちらからは何も出来なくなるでしょう。そうなれば、国にとっても大きな損失。陛下、どうか急ぎ婚約のご承認を」


 そうだったな?

 公爵様の声色を真似されているように、すらすらと滑らかに語られたあとに、議長様は急に低い声を出して公爵様へと問われました。


 すぐに公爵様からは「くっ」という悔しさを示す音が聞こえます。


 私は思わず父に視線を送りましたが、目が合った父は可愛く首を傾げたのです。

 あとでじっくりと話し合う必要がありそうですね。


「国益だなんだと語り、半ば陛下を脅すような形で婚約を急かせておきながら。今度はなんだ?愚妹が息子を気に入ったから、婚約破棄だと?ふざけるなっ!」


 びりびりと空間を揺らす怒気を含んだお声には、この場にいる他の皆様も身を竦めておりました。

 一方で私はこのとき、とても落ち着いて淑女の微笑みを保つことが出来ていたのです。



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