第3話 これが私の婚約者です
王女殿下に名前を呼ばれた令息様は、最初から王女殿下の隣にありました。
何を隠そう、彼が私の婚約者です。
バウゼン公爵家の後継である彼は、園遊会の本日も。
邸へ迎えに来ないどころか、会場に着いてからも私への挨拶さえなく。
いつも通り王女殿下に付き纏っておりました。
いずれはこんなことになろうとも考えておりましたけれど。
まさか今日がその日になろうとは、さすがに私も予測しておりませんでしたわ。
そんな公爵令息様は、いつもとは違い自信満々なご様子で鼻を膨らませ、唇を歪め、こちらを見ています。
常々、私から逃げるように立ち回っておられましたのにね。
「ローゼマリー!私が今までどれだけ貴様に我慢してきたか分かるか?」
いいえ、まったく。
分かるわけがございません。
公爵令息様は鼻息荒く、発言を続けます。
「由緒正しき歴史ある公爵家に生まれたこの尊い身で、新興貴族に金で買われる屈辱にずっと耐えてきたのだぞ!これをどれほど悔しいと思ってきたか。金で婚約者を買うような卑しい考えを持つ貴様には、俺の気持ちなど生涯分かるまいな」
先から貴様、貴様と呼ばれておりますが。
それから私から俺に変わっておりますけれど。
色々と取り繕えなくなっていて、この方は大丈夫なのでしょうか?
そして買われる……ですか。
確かにこの婚約に権限を持たない公爵令息様からすれば、そう捉えられなくもありませんね。
ですがそれは、当主である公爵様へとぶつけるべき不満でしょう。
「それも今日で終わりである!ローゼマリー、貴様とは婚約破棄だ。本来であれば、金で男を買うなどという卑しい真似も、貴族として許された行いではないだろう。だから、こちらから貴様に慰謝料を請求したいところだが。私は金で解決することを良しとはしない善良な貴族であるからな。歴史ある由緒正しき貴族である俺は、お前たち新興貴族とは決して同じような振舞いをしない!」
あらまぁ。
この会場に、どれだけの新興貴族の方々がいらっしゃるか。
それも考えられてはいないのですね。
それに我が家を二度も新興貴族と称しましたか。
新しさという意味では間違ってはおりませんけれど。
ここにいる新興貴族の皆様と、はたして同じ括りにして良いものか疑問が残ります。
とすると、今の言葉は我が家だけに向けたもの、と捉えられなくもないでしょう。
彼にも逃げ道を用意する頭があった、ということならば称賛してあげてもいいですね。
いえ、そんな頭がございましたら、最初からこのような場で愚かな発言を重ねてはおりませんでしたわ。
称賛には値しない御方でしたから、今の言葉は撤回させていただきます。
と、口から出すわけにはいきませんでしたので。
視線だけで周囲の様子を窺いましたところ。
あらあら。
隠しもせずに公爵令息様を睨み付けておられる方も少なくありませんわね。
人を睨んでいると他者の視線は痛くならないものなのでしょうか?
公爵令息様は、変わらず私を睨んでおりました。
「貴様を国外追放とする案も出たが、今回は特別に婚約破棄に納得すれば、それで許してやることにした。ここにおられる王女殿下の慈悲深さには、心から感謝するんだな」
どこのどなたからそんな案が出たか、お尋ねしたいところですが。
それから慈悲深い方であると言うならば。
このような園遊会という公の場でお話しすることは決してなかったと思いますけれど?
これは心配になりますわね。
公爵令息様と、それから王女殿下の今後が。
そして私にはもうひとつ気になることがございます。
この場に王女殿下を諫められる御人が一人もいらっしゃらないというのは、あまりに不自然。
何か別の陰謀めいたものをこの場から感じてしまったのは、私だけなのでしょうか?
あえてこの方々を泳がせている方がどこかにいるのではありませんこと?
見える限り探してみましたけれど、めぼしい方は視界に入りませんでした。
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