去年の夏の、「あの日」のはなし ③

「いや、ちょっと待て。要するに……なんだ、さっきからお前が、俺とか、野球部を目の敵にする理由って、まさかその、化学部の部室のガラスを割ったって話か?」

 

 鬼の形相で俺を睨む黄色ハチマキをいさめるようにそう言うと、それがかえって黄色ハチマキの苛立ちに拍車をかけてしまったようだった。


「……なんだ?“そのくらいのことで”……とでもいいたいのか?」

 黄色ハチマキが静かに言った。


「いや、まあ、そりゃ、ガラス割ったことは悪かったと思うし、そのとき部屋にいたんなら危険な思いさせちまっただろうし……なんか実験器具とか壊しちゃったのかもしれねえ。それは野球部……元野球部として謝るよ、でも別にわざとなわけじゃないんだし、それに」

「それに、なんだ」

「仮にその件でお前ら科学部が怒ってたとしても……全校生徒を“廃人”にしてまで文化祭に中止にすることとはつながらないだろ」


 至極、まっとうである、と自分でも思いながら、俺は黄色ハチマキに意見を淡々と述べる。


「ふん、そうだな、お前の言う通り……野球部のホームランボールが化学室の窓ガラスを割って、部室の中をめちゃくちゃにされたってだけでこんなことはしねぇさ」

「ああ?だったらなんで……」

「この先は俺から言うつもりはないね」


びしゃっと、黄色ハチマキが言った。


「あくまで“きっかけ”はお前が無様にホームランをかっ飛ばされたことに違いないが……

俺たちの怒りはその先にある。なにに、なぜ怒ってるのか、ご丁寧に教えてやるほど律儀じゃねえ。こんなことになってる理由が分からず悶々としたまま、俺の同志に追い詰められ、

生気を失い、敗北するがいい……っくっくっく…はー―――はっはっは……ほげっ!!?」


下品極まりない高笑いが、唐突に奇妙な叫びに変わった。と同時に黄色ハチマキは、座っていた椅子から横向けにぐったりと床に転げ落ちた。彼の顔は、力なく、“生気”を失った表情をしており、右側が濡れていた。


部屋の奥にいた佐原さんが、水鉄砲で撃ったのだ。非情にも、話をしている真っ最中に、何の脈絡もなく。


「え……急にどうしたの」


 突然の出来事に唖然としながら、佐原さんの方を向く。はっ、と我に返った顔をしていた。


「あっ、ごめん、つい……なんか、長いなと思って、話」


 つい安かったから玉ねぎ買っちゃった……みたいな口調で、佐原さんはぺろっと舌を出した。


「あとなんか、笑い方がむかついたから、あ、もうちょっと話したかった…?ごめん」

「いや、まあ、うん……別にいいんだけど」


容赦ないな、この人……と若干の恐怖を感じつつ、俺は少しだけ、地面にうなだれている黄色ハチマキに同情した。




(第6話 去年の夏の、「あの日」のはなし おわり)

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