首謀者ですけどなにか? ④
「文化祭の中止?」
それが、西田が学校中を「廃人」にした目的だという。
「「ンフンフフ……そうさ。そしてその目的はもうほぼ完遂したといっていい」」
西田は、勝ち誇ったような口調でつらつらと喋り出した。
「「文化祭前日の今日、朝からすべての教室に“ドウデモヨクナール”を気化させたガスを充満させてね。いつものように登校してきた間抜けな生徒たちは何も知らずにまんまと吸い込み、やる気をなくし、廃人となった。君らがその目で直に見たようにね。……そして何らかの理由、遅刻とか、時間差で被害を免れた生徒は、僕の忠実な部下たちがじきじきに、水に溶かした“ドウデモヨクナール”を入れた水鉄砲で仕留める。完璧な計画だ。さっきも言ったが……“ドウデモヨクナール”の効力は3日。
今日、そして文化祭本番の明日明後日。幸運にもいまだ生き残っている君達以外、全校生徒のやる気が全くないというのに……文化祭なんて出来ると思うかね?」」
「ふざけんじゃないわよ」
佐原さんのその声は、静かで、荒げることもなく、けれど確かに、怒っていた。
「どういう気持ちでこんなバカげたことしてんのか知らないけど、余計なことしないでよ。文化祭中止って……そんなことさせるわけないでしょ。今すぐ、学校中の人たちもとに戻しなさいよ!」
明らかに、俺に対して毒舌を吐くときと雰囲気が違う。スマホを握る手の力が強くなっているのが分かった。佐原さんの声や、表情には、ただ楽しくて、思い出に残る「文化祭」をやりたい、とかそんな漠然としたものじゃなく……もっとそれ以上の何かを訴えかけるような、そんな必死さがこもっていた、ような気がした。
「「ンフフ、必死だな、佐原春乃」」
電話越しの西田も、佐原さんの声色が変わったのは察していたはずだけれど、それでも尚余裕しゃくしゃくだった。
「「確かに……この文化祭を中止になられたら困るものねぇ、君は。一生徒としてというより、“演劇部部長”として、特に」」
あ、佐原さんって演劇部なんだ、と会話越しに初めて知った、と同時に、あれ?と疑問がわく。
「演劇部って、去年廃部になったんじゃなかったっけ?なんか1個上の先輩が引退して部員が激減したとかなんとか噂で聞いたような……」
とまでいって、あ、これまたあんまり触れないほうがいいやつだったか?とハッとして口をつむぐ。佐原さんはちらりと俺の方を見て、淡々と言った。
「……去年の秋に先輩たちがいなくなって激減した後、残ったのがあたし1人で、今は細々とやってるよ」
「あ、そう、なんだ……知らなかった」
佐原さんは怒ってるようではなかったけれど、まあ知らなくても無理ないよね、というような、半ばあきらめた様子だったことが、何も考えずに噂話を口にした俺を申し訳ない気持ちにさせた。
「「その、たった1人の演劇部の最後の公演の機会が明日からの文化祭だった、と」」
西田が、煽るように話を続ける。
「「まあそれに関しては同情の余地があるがね、まあなんにせよ私の計画は変わらない。そして君たちに何一つなす術はない。これからじわじわと我々に追い詰められて、水鉄砲で撃たれて、廃人になって終わりだ。諦めるんだな。……と、言いたいところだが」」
もったいぶったような口調に、聞いてるこちらはフラストレーションがたまる。
「「校内中を逃げ隠れする君達を探すのは手間だし、何よりつまらない、そう思ってね。一つチャンスをやろう……今から屋上へ来い。そうすれば、生徒を元に戻す方法を教えてやってもいい」」
「ああ?何だそれ?どう考えても罠だろ」
見え透いた、明らかなおびき寄せるためのウソだ。きっとそう思われるのも分かったうえでお遊び半分程度で言ってるのだろうが。
「「ンフ、当然“無事に来れるか”は保障しないが、他にどうする気だ?既に君達以外の生徒は全滅。隠れたままじゃ文化祭は帰ってこないぞ?……たった1人の演劇部さんの最後の舞台も永遠にお預けのままだなぁ」」
これも、安い挑発だ。肝の据わった佐原さんはこんな言葉に踊らされる人ではない。……というのは俺の思い込みだった。
「ぶっ殺す」
「……いや乗るんかい!」
心の中のツッコミのつもりが、思わず声に漏れていた。佐原さんの怒りはさらにエスカレートしていた。西田は、そういう反応が来ることを分かっていたかのように、ンフフと笑い、挑発を重ねた。
「「まあ僕に言わせればあんなもの、中止になってむしろ感謝して欲しいくらいだがね」」
「……どういう意味よ」
「「だってそうだろう?プロでもない、高校生の素人に毛が生えた舞台なんて所詮は自己満足の世界だし、ましてやウチは全国レベルの強豪でもない。文化祭の公演だって、毎年大して客も入ってないそうじゃないか」」
佐原さんは、黙ったままだった。
「「そんな中で、まあ君自身は、最後の演劇部員として勝手に気合は入ってるかもしれないが、1人だけで頑張って体裁整えて演じた舞台の質なんてたかが知れてる、まばらな観客の前で、残念なクオリティで、やる側も観させられる側も微妙な空気のなか、パッとしない後味を苦々しく噛みしめて終わるのがオチだろ?どうせ。だから……」」
バシッ。
体が動いたのは、俺だった。反射的に俺は佐原さんの耳元からスマホを引きはがしていた。えっ、と不意をつかれ驚く佐原さんをよそに、集音マイク部分に口を近づけて叫ぶ。
「うるっせぇバーカ!!」
間髪入れず、ブチッと通話を切った。
「ちょっと早見くん……」
佐原さんが、ぽかんとした表情をしている。
ハッ、と我に返る。
「あ、いや、なんか、演劇部のことはよくわかんないけど……たかが知れてるとか、観客がどうとか、普通に聞いててむかついたから、思わず」
急にごめん、と慌ててスマホを返す。
ふっ、と佐原さんが微笑んだ。
「正直図星の部分もあったから……。でも、ありがとう」
笑顔を見たのはこれが初めてだった。
「とりあえず、西田くんをぶっ殺そう」
「いや……うん、ぶっ殺すのはあんまりよくないと思うけど」
「そうだね、ぶっ飛ばそう、そんでみんなを復活させて、文化祭をやろう」
さっきの微笑みはたぶん、怒りの感情がキャパを超えたときの人間が見せる類のアレだとそのとき気づいて、少しだけ背筋が寒くなった。佐原さんの場合比喩でなく、ほんとにぶっ飛ばしかねないな、と思わされた。
佐原さんにとって、文化祭の演劇部の公演は、それほどに大切なことのようだ。
それにしても、と心の中でひそかに思う。
ぶっちゃけ俺個人としては、文化祭なんてあってもなくてもいいんだけど……くらいに思っていたのだが。一方的に煽ってきていたとはいえ、西田の明らかな、しかも他人への挑発に、あれほど俺が感情的になったのはなぜだろう。
西田の言葉一つ一つが、むかつくと同時に、”あの日”以降の自分にも向けられていように感じたのは、多分気のせいではない。
(第4話 首謀者ですけどなにか? おわり)
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