第6話
秋の紅葉が深まったある晴れた日。俺と彼女と桃は3人で遊園地に行った。工場の奥さんから、遊園地の割引券をもらったのだ。初めての遊園地に赤いオーバーオールを着た可愛らしい桃は大はしゃぎで、電車に乗っている間も大変だった。
「桃は、遊園地初めてだったんだね。そりゃ楽しみだろうな」
俺が桃を抱っこしながら隣に座っている彼女に言うと、彼女も些か緊張していた。
「実は・・・私も初めてで」
「そうなの?」
俺が驚いて聞き直すと、彼女は珍しく顔を真っ赤にしてコクンと頷いた。
「うん。テレビとかでは見た事あったんだけど、なんて言うか、その・・機会がなきゃいかないじゃない? 特に、ずっと私一人だったから行くのも大変そうで何となく」
「なら、良かったじゃない。ね」
「ねー!」
膝に乗っかった桃も面白そうに俺の真似をして言った。電車の窓から規則的に差し込んでは消える温かい日差しに照らされた彼女は恥ずかしそうに俯いて紺色のキャスケットを深く被った。そんな彼女を見るのは初めてだったので、何となく新鮮だった。
その遊園地は大きな所ではなかったが、充分遊園地初心者には楽しめる乗り物がたくさんあった。それに所々に効果的に紅葉だの楓なんかが植えられていて、紅葉狩りも一緒にしたような気分だった。彼女と桃は一緒になって同じように笑ったり怖がったり叫んだりしていた。親子だなぁ。お昼になったので、紅葉の大木の下で、観覧車を見上げながら彼女特製の美味しいLascia Ch’io pingaが効いたホットドッグを齧った。
「遊園地と言えばホットドッグかな、と思って」
「美味しいよ!」
俺と桃は黙々とただホットドッグを食べた。青空の下、芳ばしいバターの香りのするパンも、苦みのないレタスも大きなソーセージも本当に美味しかったのだ。
「ダーリンの上着、今日の空みたいな色だね!」
桃が、口の周りにたくさんマスタードだの肉汁だのを塗りたくって、危なっかしくホットドッグを片手に持って、俺の着ていた防寒ジャケットを指して言った。
「桃の服だって、紅葉みたいな色だろ」
「あ、本当だあー!紅葉だあー!」
不安定な危なかっしいホットドッグを揺らしながら、きゃらっこきゃらっこ笑う桃。
「落ちるぞ」
ふと、横を見ると彼女が嬉しそうにゆっくり咀嚼して食べていた。それが俺の目を釘付けにした。かつての母親の食べ方とは似ても似つかなかったが、確かに彼女の食べ方は美しかった。風が吹いて紅葉の葉を枝から放しハラハラと舞わせた。その真紅の小さな手が彼女の結い上げた後れ毛にも、ミルクティーみたいな柔らかいそうな色のセーターの肩にも撫でるように降ってくる。何だこれ? あまりに絵になり過ぎてる。
見とれている俺に桃がいち早く気付き、大きな声で突っ込んだ。
「ダーリン!ソーセージパン落ちる!ママに見とれてばかりいないのー」
その声に、彼女が不思議な顔をして振り向き、俺は急に気恥ずかしくなって、慌てて珈琲を買いに行ってくると言って、ホットドッグを齧りながら売店に逃げた。
遊び疲れた帰り道、桃は眠ってしまったので、俺が背負って帰った。まだ、15字過ぎで明るかったが、早朝から早起きしたらしい桃はすっかり一日のエネルギーを使い切ったらしかった。電車に揺られて帰る道すがら、彼女は何も言わなかった。
彼女の家に着いて、桃を寝かすと、さすがの俺も疲れ果てて珈琲を飲んで自転車で帰った。いつもの癖で窓を見上げると、もちろん桃はいなかったが、珍しく彼女が手を振って見送ってくれた。いつもは決して見送らないのに。俺はイチョウの鮮やかな葉がたくさん散らばった道を風に押されて帰って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます