第88話 未知の階層

 ゴブリンキングを倒した私達は、その奥にある下り階段を降りて行く。ここに来るまでに降りてきた階段の中で、一番長い。一向に次の階層の灯りが見えない。


「どこまで降りるんでしょうか?」

「分からない。傍にいて」

「はい」


 キティさんのこういうところは、本当にお姉さんらしい。私はキティさんの言う事を聞いて、すぐ傍まで寄る。すると、キティさんが私の手を握ってくれた。はぐれないようにって事だと思う。でも、一直線の下り階段だし、はぐれるなんてことはないと思う。それでもキティさんが私の手を取ったのは、ここから先で、何が起こるか分からないからだ。

 この前のダンジョン調査の時と同じように、私が落とし穴に落ちていく可能性もある。そうなったら、また離れ離れになってしまう。だから、手を繋いで、離れないようにしているのだと思う。

 そのまま降り続けていると、ようやく階段が終わり、次の階層へと着いた。

 そこは、今までの新緑の森よりも暗い場所だった。天井からの灯りがないわけではなさそう。葉が生い茂りすぎて、その灯りが森の中まで差してこない。道理で、階段の上の方から灯りが見えないわけだ。


「ここが未知の階層……少し怖い感じがしますね」

「ん。暗いからか……魔物が強くなって、その威圧感を感じ取っているのか。考えられるのは、その二つくらい」

「ダンジョンの罠的なものの可能性はないんですか?」

「ん。そういうものの話は聞いたことがない。ただ、ここは、未知の場所。そういうものがあってもおかしくないかも」


 私とキティさんは会話をしながらも、周囲に視線を配っていた。それは、アルビオ殿下達も同じだ。入ってすぐに部下の人達が広がり、どこから攻撃されても対応出来るようにしていた。


「入ってすぐに、襲撃がある可能性も考えたが、杞憂だったようだな。まずは、この付近を探索する。何か異常があれば、笛を吹け。笛の音が聞こえ次第、ここに集合しろ」


 アルビオ殿下の手振りで、部下の人達が、皆に笛を配っていく。私とキティさんも笛を受け取った。


「班分けは事前に決めておいたとおりだ。行動に移れ」

『はっ!』


 部下の人達が、班に分かれて行動を開始する。私も同じように行動する前に班にあてがわれた人を待つ。私の班は、キティさんともう一人。


「アイリス、キティさん、お待たせしました」


 そう言ってこちらに来たのは、サリアだった。もう一人の班員は、サリアなのだ。


「よし! じゃあ行こう!」


 私達は、誰も向かっていない方向に進んで行く。


「見えなくはないけど、かなり暗いよね?」

「うん。もしかしたら、この暗がりに適応した魔物が出て来るかもね。キティさんはどう思いますか?」

「ん。アイリスの言うとおりだと思う。油断しないように」


 キティさんの言葉に私達は頷いて返事をする。

 そして、周囲に気を配りながら、ゆっくりと先に進んで行く。周辺調査の時と同じだ。魔物の痕跡などを探していく。必要な情報は、どんな魔物がいるか、罠の有無、この森の特性だ。


「こう暗いと、痕跡を探すのも一苦労だね」


 サリアは、見えにくい部分を見ようと眼を細めていた。私も同じように眼を細めたり、見開いたりして、何とか見ようとする。そんな中、キティさんだけは普段と変わらずに、周りを見ていた。


「そう? 私は慣れた」

「キティさん、猫人族ですもんね。暗いところへの順応が早いんでしたっけ?」


 キティさんは種族的な特性で、暗闇への順応力が高い。だから、私達よりもより明瞭に見えている。私達も早く慣れないと。そう考えていると、ふとある事に思い至った。


「もしかして、この暗がりが、新しい階層の特性なんじゃ?」

「確かに、森という迷いやすい環境にさらに迷いやすくなる暗さが合わさることが、新緑の森の強化って事なら、少し納得いくかも。でも、そう考えると、熔岩地帯の強化が異常じゃない?」

「う~ん……でも、全部一律で、人が入れないような状態になっているとは限らなくない? 普通に、このくらいの場所があってもおかしくないと思う」


 私とサリアは、この暗がりが新しい階層の特性だと考えて少し議論をしていた。サリア的には、熔岩地帯の例があるので、こんな程度で済むような気がしないみたい。

 私としては、熔岩地帯は極端な一例に過ぎず、今のこの階層のような変化が普通なのではないかという意見だ。

 二人で議論していてもなんなので、キティさんにも意見を訊こうと、キティさんの方を見た。すると、キティさんの耳がピクピクと動いていた。何かを探るように。


「サリア、警戒を最大にして」

「! 分かった!」


 私の言葉に、何も質問することなくサリアが従ってくれた。すぐに剣を抜く。私も雪白を抜いた。


「キティさん、敵は?」

「ん。音はする。でも、どこにいるのか分からない。音も色々なところからする」

「複数の敵、あるいはずっと動き回っているという事ですね。姿の方は……サリア、何か見える?」

「ううん。何も」


 誰も敵の姿を見ることが出来ない。これを感知出来ているのは、キティさんだけだ。キティさんはおもむろに魔力弓を構える。そして、ある一点を見つめる。

 サリアがキティさんに何をしているのか訊こうとするのを、手振りだけで止める。

 そして、私達が黙って見ていると、キティさんが魔力弓を引き絞った。


「ここ」


 キティさんが放った魔力矢が飛んでいき、何かを射貫いた。それを見た私は、瞬時に反応してキティさんが射貫いた対象の傍に移動する。それは、黒い猿の魔物だった。ピクッとまだ動いていたので、首を刎ねる。魔石を砕いちゃうと、何が相手だったかも分からなくなってしまうので、やめておいた。


「これが相手でした」


 私は倒した黒い猿の魔物を掴んで、キティさんところまで持っていく。


「シャイド・エイブ。姿も音もたくさんするはず。こいつは、素早い動きをする。そして、この環境は姿を隠すにはうってつけ」

「なるほど。もしかして、こういった風景に溶け込むような魔物が多いんでしょうか?」

「それは、まだ確定じゃない。でも、その可能性は高い」


 私とキティさんが話していると、サリアが周囲の様子を確認しながら近づいてくる。


「さっきも思ったけど、アイリス、かなり速くなってない?」


 サリアがジト目でこっちを見てくる。まともな戦いは、さっきのボス戦くらいなので、本気の速度を出したのも、そのときだけだった。そして、今もちゃんと仕留められるように、初速は本気を出した。

 サリアは、それを見て学校時代よりも速くなっている事に気が付いたんだと思う。


「まぁ、色々と経験しているし、さすがに、私も成長するよ」

「私もアイリスくらいの死闘を繰り広げないと、成長出来ないのかな……」

「死ぬ可能性が高いから、絶対やめた方がいいよ」

「ん。焦らない。地道に強くなった方が、ちゃんと強くなる。必ずしも、死と隣り合わせでしか強くならないわけじゃない」


 キティさんがサリアに、少し叱り気味で助言する。


「そうですね。焦らないで、頑張ります」


 何故、そんな風に言ったのか分かっているサリアは、素直に頷く。


「ん」


 そして、二人の視線が私に集中した。


「えっと……どうしました?」

「アイリスも、あまり死闘をしないように」

「アイリスが強くなった理由って、本当にそれが原因っぽいからね。リリアさんやキティさんを心配させるような事はしないようにしないとね」

「は~い……」


 色々な罪悪感がある私は、顔を逸らしながら返事をする。そんな私の頬を掴んで、キティさんが真っ直ぐに直す。


「いい?」

「はい……」


 私がキティさんの目を見て返事をすると、満足したようで解放してくれた。それを、再びサリアがジト目で見ていた。


「何?」

「いや、将来、尻に敷かれそうだなって」

「どういう意味さ!!」


 サリアの胸倉を掴んで前後に揺さぶる。

 周囲に魔物もいないので、そんな風に巫山戯ていると、私達のものではない笛の音が鳴り響いた。すぐに、巫山戯た雰囲気が消え去る。


「戻りましょう」

「ん!」

「うん!」


 私達は、アルビオ殿下の言いつけ通りに、階層の入口方面に向かう。

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