第70話 領軍との戦い

 にやついた気持ち悪い領主が見守る中、領軍と私の戦いが始まった。向こうも気乗りはしないのか、すぐに攻撃に移るような事はなかった。でも、いつまでも突っ立ったままではいられない。私の方から、先に雪白を抜く。それに合わせて、領軍の人達も武器を構えた。向こうは、鎧と盾を持っている。普通に考えれば、こっちが圧倒的不利だ。

 そのため、こっちから積極的に攻めていくことにする。領軍の人達に向かって突っ込む。領軍の人達は、盾を突き出す。このままでは、盾に阻まれてすぐに囲まれる事になると思う。だから、普通に突っ込む事はしない。


「なっ!?」


 領軍の人達が目を剥く。私が、盾を無視して跳び上がったからだ。領軍の人達は、数が多く密集していた。私が頭上に上がったのを見て、領軍の人達は、盾を上に向ける。その盾に向かって拳を叩きつける。


「『衝打』!!」


 アーツと真上から落ちる勢いを乗せた拳によって、盾がひしゃげる。その衝撃がもっていた領軍の人にも伝わり、地面に倒れ伏す。これには、私も驚いた。相手の手を痺れさせるくらいのつもりだったんだけど、盾を持っていた人達を気絶させてしまった。


「!!」


 周囲に動揺が走る。それを見逃さず、雪白を横に振う。私の周囲にいた領軍の盾が斬り裂かれる。下半分が消えた盾から潜り込んで、鎧の隙間から首を掴んで身体を持ち上げ、その人をぶん回し、後ろの人に投げつける。


「くそ!」


 後ろから剣を掲げて振り下ろそうとしている。その剣の柄頭を雪白で突いて、手の中から飛ばす。そのまま剣を手放した人に近づいて、お腹を蹴り飛ばす。密集した場所で蹴り飛ばしたので、後ろの人達にぶつかっていく。


「まずい! 全員ばらけろ! 向こうの思惑通りだ!」


 正面からぶつかるよりも、敵集団の中でかき回した方が戦いやすくなるだろうという私の策を見破った人が、周りに指示を出す。でも、それだけじゃ私から離れるのは無理だ。


「良いから、掛かってこい!!」


【挑発】を使う事で、私から離れようとする領軍を引きつける。後ろに後退しようとする脚すらも止まっている。


アーツを使用しろ! これは、模擬戦なんかじゃない! 実戦だと思うんだ!」


 また同じ人が、声を張り上げる。あの人が領軍の指揮官なんかもしれない。なら、先に倒す方が良いはず。私は、その人の元に向かって駆け出す。その行く先を領軍の人達が割り込んで塞ぐ。


「「『フォートレス・ガード』!!」」


 正面に立った四人が盾を前に出し、腰を落とす。その人達の身体を緑色の光が覆っていった。


(確か、あれは鎧や盾の防御力を上げるアーツだったはず……)


 単純なアーツだけど、結構厄介な感じがする。


「『グロウ・インパクト』」


 白く輝いた雪白を縦に向かって突き出す。雪白が盾に命中した瞬間、そこを白い爆発が起こる。結構な威力を持っているはずなんだけど、領軍は後ろに押されるだけで、吹き飛ばすことは出来なかった。四人で並んでアーツを使う事で、相乗効果を生み出していたのかもしれない。


「「『スラッシュ』!!」」


 私の背後と左右から、剣が振り下ろされてくる。


「『陽炎』」

「んなっ!?」


 私に命中するはずだった領軍の剣は、空を斬ることになった。剣舞のアーツである『陽炎』は、自身の残像のようなものを残して、揺らめいて移動する事が出来る。使えるアーツが増えたおかげで、戦いの幅が広がった。


「『爆打ばくだ』」


 敵の間を抜けて、指揮官の元まで辿り着いた私は、その鳩尾に向けて拳を振った。鎧に阻まれるので、普通は拳など振わないが、私の手が鎧に触れた瞬間、小規模の爆発が起こる。その衝撃は私には届かず、全て正面にいる敵に向かう。つまり、鎧越しに凄まじい衝撃が、指揮官の鳩尾に打ち込まれる事になった。


「がはっ!」


 前に向かって倒れる指揮官の頭を蹴り上げて、兜を上に飛ばす。露わなになった顔の顎を殴って気絶させた。そこに、数え切れないほどの炎の弾が降り注いできた。いつの間にか、魔法の詠唱をして、撃ち込んできたらしい。ここに指揮官がいるのに容赦なしだ。


「『グロウ・フィールド』」


 雪白を掲げて、白い半透明の半球を生み出す。炎の弾は半球に阻まれて、私に命中しない。ただ、その間に領軍は態勢を整えていた。指揮官を失っても普通に動けるみたい。


(よく指導されているということなのかな。正直、烏合の衆になってくれた方が良かったなぁ)


 これで、状況は振り出しに戻った。もう領軍も手加減をしないだろう。ここからが本番なのかもしれない。


 ────────────────────────


 アイリスと領軍の戦いを、領主は呆然と見ていた。


「ど、どういうことだ……?」


 領主は、アイリスのような小娘は、領軍とまともに戦えるわけがないだろうと思っていたのだ。しかし、それに反して、アイリスは善戦している。

 そして、これにはガルシアも内心驚きを隠せなかった。


(トレント・サハギンとの戦いが、アイリスをこれほどまでに強くしていたとは……領軍が相手だからか、すぐに敵を内部から崩しに掛かった。相手は、訓練された相手だ。仲間を攻撃しないようにするため、一瞬だが動きが悪くなる。それに、相手に逃げ場がないため、敵を吹き飛ばせば、必ず他の敵も巻き込む。下手をすれば袋だたきに遭うが、【剣舞】を使って動き回ることで、それも回避している。戦い方が一段階進化しているな)


 これらの驚きは、これを見ていた学校の教師陣と生徒にも広がっていた。ただのギルド職員であるアイリスに追い詰められている領軍。驚くなという方が無理だ。


「ぐぬぬぬ……だらしのない奴等め……さっさと倒してしまえ!」


 領主の苛立ちは、最高潮に達しようとしている。そのような事はお構いなしに、アイリスと領軍の戦闘が再開する。

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