第52話 落ちた先で

 アイリスが落ちていった落とし穴がある場所にキティが飛びつく。


「アイリス!」


 キティの叫び声が、響いていく。しかし、それが響くのは、キティ達がいる二層のみ。アイリスが落ちた穴に響くことはなかった。それに、キティが飛びついたところで、アイリスを飲み込んだ穴が再び開くようなことはない。キティは、落とし穴を開けようと手で掘り始める。


「やめろ、時間の無駄だ」


 ライネルが、キティの手を掴んで止める。キティが、耳や尻尾の毛を逆立てて、睨むがライネルが臆することはない。キティは、二秒程睨み付けていたが、やがて力なく、座り込む。


「くそ! 俺のせいだ! 俺が、もっと早く罠を見つけていれば!」

「クロウだけの責任じゃない。俺達も、敵を倒したと思って油断していた。そのせいだよ」


 目の前で、落ちていくアイリスを見送ることになってしまったクロウが荒れるが、すぐにドルトルが落ち着かせる。そして、この場の誰よりも顔を青ざめさせているのは、ミリーだった。


「どうしましょう……私のせいで、アイリスさんが丸腰のまま……」

「落ち着きなさい。ミリーの判断は、普通のものよ。ミリーのせいって訳でも無い。不運が重なっただけ。そんな事より、すぐにアイリスの救出に向かわないと」

「ああ、そうだな。キティ、立てるな? すぐに移動するぞ。調査は終了だ。アイリスを探し出すぞ」


 ライネルの言葉に、全員が準備を整える。キティも立ち上がる。その眼には、絶望の文字はない。ただただ、絶対にアイリスを見つけるという覚悟があった。


 ────────────────────────


 落下していたのは、結構長い間だった。そのままだと確実に死んでしまうと思ったので、壁を利用して減速した。そのおかげで、地面に叩きつけられるということは避けることが出来た。おかげで、脚と腕が少し痛いけど。


「どのくらい落ちたんだろう?」


 体感では、十層分くらい落ちた感じがする。全ての階層が同じ高さならだけど。


「油断した……」


 クロウさんは、サハギンを見つけて、私達の元に戻ってきた。だから、あそこの探索は済んでいなかったんだ。クロウさんが向かったから、罠は存在しないと思い込んでしまった。


「確か、落とし穴は、ずっと空いているわけじゃないはず。だから、キティさん達が、すぐにここまで降りてくることはない。私も上の階層に上がっていかないと。今、一番の問題は、食糧かな。水は、ポーチに入れておいて良かった」


 水筒は、バッグの中に入れず、腰にあるポーチの中に入れてあった。バッグに入れると、すぐに取り出せないかもしれないと思ったから。


「でも、水が尽きる可能性も低くない。水を探しつつ、上に上がる階段を探すって方針でいこう。後は、魔物を倒して、お肉を手に入れないと。サハギンから取れるかな? はぁ……また、こんな事になるなんて、運が無いなぁ」


 食糧に不安が残るけど、取りあえず、移動を開始した。念のため、ミリーさんがやっていたように地図を作りながら向かう事にする。


「はぁ、どのくらい保つかな……」


 水や食糧の他に、私には心配な事があった。私の精神を蝕んでいる悪夢だ。眠らなければ、まともに見ることはないけど、時折訪れる発作だけは、どうにもならない。お守りの花の髪飾りを持ってきているけど、どこまで耐えられるか。


「考えていても仕方ない。発作は起きたときに考えよう。それよりも、きちんと習ったことを活かさないと」


 私は、壁を注目して穴がないか確認しつつ、鞘に納めた雪白で、床を軽く叩いていく。そうして進みながら、地図を更新していった。


「ソロの冒険者は、これをいつも一人でやってるの? 凄すぎる。サリアもいずれ、そうなるのかな?」


 今まで、クロウさんやミリーさんが分担してくれていたのは、かなり大きかった。パーティーの利点は、ダンジョンでこそ発揮されるものなのかもしれない。


「ふぅ……考える事が多すぎる……致命的なミスを犯す前に、休憩を取らないとって、それも考える事に含まれるし……無意識に意識出来るようになると良いのかな?」


 矛盾した考え方かもしれないけど、ソロでダンジョンに潜るなら、必須能力なのかもしれない。無意識で罠の確認をしつつ、他の確認事項に集中したりできたら、かなり楽になれると思うから。慎重に歩みを進めていくと、曲がり角に出た。ここまでは、一本道。つまり、ここを進むしかない。それなのに……


「また、サハギンの群れ!?」


 曲がり角からこっそりと覗いてみると、そこにいたのは、さっきと同じく沢山のサハギンだった。全員三つ叉の槍を装備している。唯一の救いなのは、上位種のサハギンが見当たらない事かな。上位種がどんな強さか分からない以上、出会わないにこしたことはない。


「あそこを突破するには、全員倒さないとダメかな。でも、あの数を一人で……」


 その時、私の脳裏に、スタンピードの時の記憶が蘇ってきた。あれ以上のゴブリンに囲まれて、普通に戦う事は出来ていた。つまり、工夫して戦えば勝てる。さらにいえば、あの時よりも私は成長しているはず。


「いける。アーツは使わないようにして、魔石を破壊しよう」


 こんな状況で、魔石の剥ぎ取りなんて考えていられないので、魔石を破壊する事に決めた。その方が、死体もなくなるから、動きやすくなる。


「よし! 頑張る!」


 さっきよりも、強い勢いの【疾風】を纏い、サハギン達に突っ込む。ただ、ここで少しの誤算があった。【疾風】の勢いが乗りすぎてしまった。予想よりも早くサハギン達との距離が詰まった。そのせいで、雪白を振うのが間に合わない。仕方なく、左手を握って、サハギンの胸に打ち込む。【疾風】の勢いが乗ったパンチは、サハギンの肌を難なく貫通して、魔石を取り除く事が出来た。結果、サハギンの身体が灰へと変わる。


「うわぁ……」


 あまりの惨状に、自分でも思わず引いてしまう。でも、少し良いことが分かった。勢いさえ乗っていれば、拳でもサハギンを倒す事は出来そうだ。


 仲間の一匹をやられたサハギン達は、私に気が付いて、三つ叉の槍をこちらに向ける。でも、私も動きを止めていたわけじゃない。既に、一匹のサハギンの懐には入って、魔石のある部分に雪白を突き刺す。そのまま右側に雪白を振り抜いて、横にいたサハギンの槍を弾く。そのサハギンの頭を【疾風】を纏った脚で蹴る。その一撃で、サハギンの首が千切れて、飛んでいった。【疾風】があれば、ただの回し蹴りでも、サハギンの頭を飛ばすことが出来る。


「大丈夫。いつも通り戦えば、勝てる!」


 今倒したサハギンを、サハギン達に向かって蹴り飛ばす。サハギン達は、仲間意識が強いのか、死体であっても仲間に槍が当たらないように、槍を引っ込めた。その隙を見逃すことはしない。槍を引っ込めた一団の中に飛び込んで、雪白を横薙ぎに振う。一遍に数匹のサハギンを灰へと変えた。


 その後も、サハギンの仲間意識を利用したりして、自分に有利になるように戦場を操っていった。そのおかげで、かなり早く倒しきる事が出来た。


「う~ん、結局、食材は出てこなかったかぁ。食糧の問題は、かなり大きいかな」


 多少の期間なら、食べなくてもなんとかなるかもしれないけど、ちょっと心配だ。取りあえず、普通のサハギンは、積極的に倒して、食糧を確保出来ないかを確認しつつ、上に進んで行こう。


 今の調子なら、結構早く合流できるかもしれない。この時は、そんな風に考えていた……

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