第40話 目覚め
病室でゆったり小説を読んでいると、アンジュさんが焦った様子で入ってきた。
「どうしたんですか?」
「目を覚ました。急いで」
アンジュさんは、そう言うと、足早に病室を出て行ってしまった。私も、その一言だけで、何を言いたいのかを察して、躓きそうになりながらも後を追い掛ける。
そして、キティさんの病室の前に来る。
「意識は覚醒しているけど、まだ、全部の状況を理解しているわけじゃないから、あまり話しすぎないようにね」
「分かりました」
私は病室の前で、少し深呼吸してから中に入る。病室の中では、看護師さんが慌ただしく動いていた。そんな中を、アンジュさんに背を押されながら、進んで行く。すると、眼を開いているキティさんが、ベッドで寝ていた。
「…………」
キティさんの眼がこちらを向く。そして、安心した様に微笑んだ。何も声を出せずに、キティさんの傍に座る。キティさんは、口を開いて何かを言おうとしていたけど、パクパクとさせるだけで、声が出ていなかった。
「目を覚ましたばかりだから、まだ声を出すことは出来ないんだ」
アンジュさんがそう解説してくれた。でも、口パクだったとしても、キティさんの言っていることが分かった。
『無事で良かった』
キティさんは、あの時から、ずっと私の安否を考えてくれていたのかもしれない。私も言いたいことが沢山あったはずなのに、言葉が出てこない。ただただ、涙が溢れて止まらない。
私が泣きじゃくっていると、キティさんが弱々しく手を持ち上げて、私の頬に手を添えた。そして、ニコッと微笑んだ。いつもは小さく微笑むだけなのに。泣きじゃくる小さな子を、安心させるように、優しく微笑んでくれている。そのおかげで、段々と、涙が収まってくる。
「ごめん……なさい……」
最初に口から出た言葉は、謝罪だった。頬に添えてくれているキティさんの手に、自分の手を重ねて、口にする。この謝罪は、キティさんを助けるのが遅れたからではない。それを謝ったら、私を助けてくれたキティさんを侮辱するような事になりそうだからだ。これは、こんなに、私を心配してくれるキティさんを、悪夢として見てしまった事に対するものだった。
キティさんは、きょとんとしていた。何を謝られたか分からないからだと思う。
「何でもありません……目を覚ましてくれて……良かったです……」
キティさんは、笑顔で頷く。収まり掛けていた涙が、また溢れ出てくる。キティさんは、優しく微笑みながら、頬を撫で続けてくれた。
その日の夜、リリアさんと一緒に横になって、少し話していた。
「キティさんが目覚めて良かったね」
「知っていたんですか?」
リリアさんは、ついさっき来たので、まさか既に知っているとは思わなかった。
「実は目覚めたって話を、アンジュさんから聞いたから、先にキティさんのところに挨拶に行ったんだ。運良く、起きていて良かったよ。まだ、喋れないみたいだから、一方的に話しただけになっちゃったけど」
「どんなことを話したんですか?」
「アイリスちゃんがお世話になりましたって」
「んなっ!?」
まさかの言葉に、驚いてしまう。そんな、親みたいな事を言われるとは思っていなかった。
「それと、これからよろしくお願いしますって。キティさんは、今の仕事を続けるみたいだし、アイリスちゃんもどうなるか分からないからね」
「それは、そうですけど……」
「私は、戦闘スキルを持ってないから、アイリスちゃんと一緒に戦う事は出来ないしね。また、調査になったら、キティさんに頼むしかないの。アイリスちゃんと一緒に無事に戻ってきて欲しいから」
リリアさんが私を抱きしめる。その腕は、少し震えていた。また、私が調査に向かったら、大怪我をするんじゃないかと心配になっているんだと思う。三回街の外に出て、二回大怪我を負っているので、心配になるのも仕方ない。
「大丈夫ですよ。今度は、私もキティさんも無事に帰ってきます。
「そうじゃなくて。なんで、二人で逃げるにならないの?」
確かに、リリアさんからしたら、二人で一緒に逃げる方が良いと思うのは当然だと思う。でも、私達が、囮になってまで逃がすのには理由があった。
「魔物の執着心は、かなり強いんです。特に、縄張りを侵されたり、獲物認定されてしまえば、私達が弱るまで追い続けてきます。なので、魔物から逃げ切るには、誰かが足止めをするしかないんです。二人とも無事に逃げ切るには、運が必要ですね」
「そう……なんだ……」
リリアさんは、悔しそうにしている。戦闘スキルを持たないリリアさんは、私達を直接助けることが出来ない。そんな自分が、嫌なのかもしれない。
私は、リリアさん胸に顔を埋める。
「リリアさんは、ここで待っていて下さい。そうしたら、私は、何が何でも戻ってきます。だから、私の居場所になってください……」
今言える最大限の本音をリリアさんに伝える。リリアさんが、一緒に住んでくれてから、毎日が楽しくなっている。悪夢という恐怖はあるけど、それでも、昔のような……お母さんとお父さんがいた頃のような、安心感があった。
今までは、家に帰ってくるのも、少し億劫になっていた。家に帰っても誰もいないというのは、私にとって、それだけ心の負担になっていたって事だ。サリアが、頻繁に遊びに来てくれていたけど、寂しさは、ずっとあったんだ。それもあって、サリアから、一緒に住まないかと言われたこともあったんだけど、この家から離れるのは、嫌だったから、申し訳ないと思いつつ断っていた。家から離れると、お母さんとお父さんの事を忘れてしまうんじゃないかと、思ったからだった。
この寂しさを、リリアさんが解消してくれた。家に帰ると誰かがいるというのは、こんなに安心するということを、リリアさんが教えてくれたんだ。だから、リリアさんに、私の居場所になって欲しいんだ。リリアさんが、家で待ってくれているということが、私の生きる理由になってくれると思う。
「うん。分かった。もう遅いから、寝ようか。おやすみ」
「はい……おやすみ……なさ……い……」
私は、微睡みの中に沈んでいき、眠りについた。昨日もそうだけど、リリアさんと寝るときは、寝ようと意識すると、すぐに寝入ってしまう。それだけ、リリアさんに安心感を抱いているということなのかな。
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