第8話 新しい業務

 カルメアさんに連れられて、ギルドマスターの部屋まで来た私は、再びソファで対面に座っていた。


「今日来てもらったのは、他でもない。アイリスに新しい業務をやってもらうためだ」

「新しい業務?」


 新しい業務と言われても何も思いつかずに、私は首を傾げる。


「ああ、受付や地図作りじゃない。やってもらうのは、周辺調査だ」

「周辺調査……というと、街の外を調べるって事ですか?」

「そうだ」


 ギルドの業務の一つに、街周辺の魔物分布や環境調査をするために職員が脚を運ぶということがある。冒険者に依頼として出す事もあるが、冒険者が意図的に適当な報告をする事が、過去にあったため、戦闘スキルを持っている職員が脚を運ぶことになったのだった。


「分かりました」

「悪いな……」


 ガルシアさんは、本当に申し訳なさそうにしている。そこまで気にすることもないと思うけど。私も、戦闘スキル持ちとして、ギルド職員に採用されているわけだし。いずれは、やらないといけない業務でもあるから。


「ところで、アイリスは防具を持っているか?」

「防具? 学校の運動着ならありますが」


 私がそう言うと、ガルシアさんとカルメアさんが何とも言えない顔をしている。そんなに急に言われると思っていなくて、準備していなかった。魔物の攻撃を受けたときに、防具として作られたものを着用していないと、すぐに重傷を負うことになる。魔物と戦う可能性があるのなら、防具は必須というわけだ。ちなみに、学校の運動着は、戦闘の授業を行う事もあるので、防具よりに作られている。


「支給品を出すから、後でカルメアに連れて行ってもらってくれ」

「分かりました」

「武器の方は大丈夫か?」

「はい。母の形見がありますから」


 ガルシアさんの顔から一瞬だけ表情が消える。次に出てきた表情は少し硬い気がした。ちょっと重たい話だったかな。


「そうか。なら、安心だな。じゃあ、周辺調査を頼んだぞ。それと、周辺調査は、基本的に二人組でやるからな。明日の朝、九時にギルド前に来てくれ。ペアの相手が来る」

「分かりました」

「では、アイリスの防具のサイズを測るために、私達は失礼します」

「ああ、分かった」


 私は、カルメアさんと一緒にギルドマスターの部屋を出て行った。その頃には、ガルシアさんは、普段の顔つきに戻っていた。


「サイズ測りって、どこでやるんですか?」

「この前、ギルド内の作業を説明したときに、作業場があるって言ったのを覚えてる?」

「はい」


 確か、ギルド職員とは別の人が使っているって言っていた気がする。


「そこで作業をしている人は、ギルドに関連する事をしてくれている外部の人達なのよ」

「関連?」

「そう。例えば、受付で使っている機材の調整だったり、今から行こうとしている防具屋は、ギルドの支給品である防具を作っているところなのよ。この支給品は、私達以外にも初心者冒険者が利用することがあるわ」


 あの沢山の作業場は、そう言った人達が沢山いるって事なのかな。ギルドに関することを引き受けてくれる外部の人達を招待しているみたいな感じだと思う。


「ここよ」


 カルメアさんが扉を開いて中に入った。私も後に続く。


「いらっしゃいませ! って、カルメアさんじゃないですか! どうしました? お洋服の相談ですか?」


 中にいた綺麗な黒髪を肩口で切りそろえた美人さんが、カルメアさんに詰め寄った。


「私じゃ無いわよ。この子に合う支給品って残ってる?」


 カルメアさんは、鬱陶しそうに女性の押し返しながら私を前に出した。


「新人さん? はじめまして、防具屋カラメルギルド出張店店主マイラ・ジャーランだよ。よろしくね!」

「あ、アイリス・ミリアーゼです。よろしくお願いします」


 マイラさんは、ぐいぐいと来る人だった。


「支給品ってことは、周辺調査を担当するの? 新人の採用から一ヶ月くらいじゃなかった?」

「ギルドマスターも悩んでいたわ。でも、戦闘系スキルを持った職員の数が少なくてね。大規模な調査だから、早速、アイリスを頼ることになったのよ」

「へぇ~。じゃあ、サイズ測ろうか。取りあえず、スカートだけ脱いでくれる?」

「わ、分かりました」


 私はスカートを脱いでショートパンツ姿になる。もしかして、こういうときの事も考えてショートパンツが制服の一つになっているのかな。


「じゃあ、測っていくね」


 マイラさんは巻き尺を持って、素早く私の身体を測っていく。ものの一分で身体全体のサイズを測り終えた。


「ちょっと、身体を触るね」

「へ?」


 マイラさんは、私の身体のあちらこちらを次々に触ってく。


「あのっ……そこは……」


 容赦なく胸なども触ってくるので、眼を白黒させていた。


「う~ん、この感じだと、防御寄りじゃなくて速度寄りかな。ぴったりのサイズはないね。ちょっと大きめのならあるから、裾直しとかしておく?」

「どのくらいかかるかしら?」

「明日の朝には終わると思うよ」

「じゃあ、九時までにお願い出来る?」

「いいよ。アイリスちゃん、ちょっと来てくれる?」

「はい」


 その後、マイラさんから渡される防具を試着して、サイズの調整をしてもらった。明日の朝には出来るらしい。


「じゃあ、八時に取りにきてくれる?」

「分かりました」

「じゃあ、アイリスは、もう家に帰って良いわよ」

「え? でも、まだ就業時間じゃ……」

「明日は、外に出るんだから、ゆっくり休んでおかないとダメよ。ギルドマスターから許可は得てるから給料が引かれることは無いわ」

「わ、分かりました。じゃあ、お先に失礼します」


 カルメアさんにそう言われてしまったので、ギルドから家に帰ってきた。


「外に出るって事は、魔物と戦うかもだよね……はぁ……やっぱり、戦いにはあまり気乗りしないなぁ」


 戦闘系スキル持ちで採用されているから、いつかはこうなると思ってたけど、あまり気乗りしない。給料が上がるから良いとは思うんだけど。いきなりじゃなかったら、もう少し覚悟を決められたのかな。そんな事を思いながら、部屋の片隅に向かう。


「お母さん、剣借りるね」


 お母さんに呼び掛けて形見である剣を手に取る。その刀身は白く細い。それだけでなく、柄まで白いので、完全に真っ白の剣だ。銘を『雪白ゆきしろ』という。お母さんが使っていたから、何度も赤く染まっているけど、一切の曇りない状態で白く輝いている。私は詳しくないけど、何か特殊な魔物が元になっているみたい。


「さてと、軽くご飯を食べてお風呂入ったら、すぐ寝ちゃおう」


 せっかく早めに帰ってくることが出来たし、カルメアさんからもゆっくり休めと言われているので、早くに寝ることにした。若干緊張していたけど、問題なく寝入る事が出来た。

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