兵士と兵士
市街地戦ど真ん中のはずだった。
味方ともはぐれ、敵兵に挟まれた俺は咄嗟に目の前にあるドアを開け、建物に飛び込んだのだ。
「いらっしゃいませ」
そこは、どう見てもBARだった。
異常さに驚く前に、俺は全てを理解した。いや、既に知っていたと表現する方が正確かもしれない。
入口横にある荷物棚に持っていた小銃を置き、背負っていたバックパックを下ろす。
「よければカウンターにどうぞ」
小柄で小太りの店主に促され、カウンターへと座った。
「ご注文を伺ってもよろしいでしょうか」
「ああ、水をもらえないか」
BARなのだから酒を頼むが流儀ではある。だが、今はとにかく喉が渇いていた。
「どうぞ」
間もなく店主はグラスに波々と注がれた水を用意した。しばらくぶりの透き通った水は、薄明かりの中でも美しく見えた。
よく磨かれたグラスを手に取り、一気に飲み干す。常温の水は渇ききった喉を優しく潤してくれる。店主の心遣いがありがたい。
「落ち着かれましたか」
男にしては少し高めの声は、耳に心地よかった。落ち着いた話し方も含め、戦場のことを一時忘れることができる。
「ああ、ありがとう」
礼の言葉など使うのはいつ以来だろうか。戦況が悪化してこの方、味方とも罵り合うことが日常になっていた。
「お疲れのご様子ですね」
「ああ、走りっぱなしでね」
そうだ。俺は逃げ回っていた。戦友であった奴らはもう行方が知れない。敵兵の銃弾に撃ち抜かれたかもしれないし、戦車砲で吹き飛んだのかもしれない。
ここに来られた俺は幸運だったのだろう。少なくとも一時の休息はできた。ただし、店を出ればすぐにでも蜂の巣だ。
「お、あんたも戦場から?」
ふたつ空席を挟んだ向こうから、声がかかった。ずいぶんと若く聞こえる声だった。
「ああ、死ぬところでな」
首を回し左を見ると、声の通り若い男がグラスを傾けていた。中には白い液体。
「俺もちょうど死ぬかと思ったところだったよ。あ、これはミルク。さすがに酔っ払っては戻れないからね」
確かに、酔った状態で戻れば、更に危険になる。この若者は、まだ生きていくつもりなのだ。
最期の贅沢と思い、酒を頼もうとした自分に恥ずかしくなる。
「そうか。店主、俺も彼と同じものを」
「かしこまりました」
照れを隠しながら注文すると、青年はニッと笑った。
「聞いていいかな?」
身体にぴったりと張り付くような服を着た青年に、ふと興味が湧いた。肘をついたテーブルには、フルフェイスのヘルメットらしきものも見える。彼はどんな地獄を見ていたのだろうか。
「もちろん、場所は違えども戦場から来た同士だ」
白い歯を見せた青年は、嬉々として語り出した。店主が無言のまま置いたミルクのグラスを手に取り、俺はその話に耳を傾けた。
惑星オルフレンを中心としたギュニール銀河同盟は、人工惑星デニルを本拠とするザニル帝国と長年戦い続けていた。
帝国の開発した巨大人型兵器
しかし、ついに同盟もFSの開発に成功し、一大反攻作戦が開始された。彼は、同盟の新型FSのパイロットとして、最前線で戦っていたそうだ。
「それが、マシントラブルで動かなくなってしまってね。数を揃えるために急造したから、不具合があったんだろうね」
「そうか……」
「で、仕方なくコクピットから出てみたら、この店にね」
彼の世界ではこれが普通なのだ。俺は自分の戦場との規模の違いに圧倒されていた。
所詮は小さな国の内戦。そんな中で這いずり回っている自分に笑えてくる。
「あんたは?」
情けなくとも、ここで黙れば彼に失礼だ。
俺は俺の戦場を語った。
ちょっとした民族間の
俺が生まれた時から人殺しは普通のことだった。物心ついた時から銃が手元にあった。
当然のように兵士となった俺は、同じ国に暮らす人を殺して回った。戦友も次々と死んでいった。
「で、廃墟になった市街地に追い詰められてな、この店に」
全てを吐き出して、ミルクを口に含む。不思議と甘さを感じた。
「そうか……あんたも、辛かったな」
青年は泣いていた。
俺よりもよほど大きな戦いを経験した者が、こんな小者の話を聞いて涙を流していた。
「おいおい、君の方が大変だったろうに。規模が違うだろ」
「そういう話じゃないよ。人の生き死にってのは、規模に関係しねぇ」
青年の言葉に俺ははっとした。そうだ、こんなことは比べるものではないのだ。
「あんた、死にたいか?」
「いや、もうちょっと生きていたい」
「だよな。俺もだ」
彼の言葉に素直な気持ちを話せたのは、俺にとって良い事だった。死にたくない、こんな下らない戦いで俺の生き死にが決まってたまるか。
「じゃあさ、約束しよう」
「何を?」
青年は席を立ち、俺の隣まで歩いてきた。思っていたよりも背が高い。
「今回は奢ってくれ。で、次ここで会う時は俺が奢る」
「なるほど、いい案だ」
俺は青年のグラスに自分のグラスを当てると、残ったミルクを飲み干した。
「じゃ、行くわ。話せてよかった」
「ああ、俺もだ」
青年はヘルメットを手に取ると、店のドアを開け虚空へと消えた。
さて、俺も行こうか。ポケットに辛うじて入っていた紙幣をカウンターに置く。
「店主、また来る」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
バックパックを背負い小銃を掴むと、ゆっくりとドアを開ける。
むせかえるような土埃の臭いが俺を包んだ。
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