命脈の手綱《中》
* * *
クラスメイトたちの悲鳴がする。何故かジンジンする頭を抱えながらどうしたんだろうって顔を上げる。目の前に広がっていた教室は普段の姿から一変した、酷いものだった。
この風景を見て一言思うならば。
―――――――一体どうしてこうなってしまったのだろう?
二つの切り離された身体と血溜まり。そして暴れ狂うクラスメイトたち。
何が合ったのかを探る以前に俺は学校に入った以来の記憶がない。
やべっ、わかんねぇやって笑いに変えられる普段が恋しい。現実逃避に走りたくなるほど俺は困惑していた。
「そういや遼は?」
俺の隣の席の空の椅子を見る。触れてみればさっきまでいたかのような温もりがあるような気がしなくもない。それに、この警察沙汰のこの光景が、何故か怖くない。
『―――罪のなすりつけ合い。この世界で一番醜い言い争いだね。』
『こんなものに怖がって引き込まれる必要なんてないんだ』
『これごときでこの調子じゃあ今回の生贄はここにいるみんなかな』
あれ、と首を傾げる。俺は、なにを忘れているんだろう。
「さっきからお前、喋ってないじゃないか!もしやお前なんじゃないかっ?!」
頭の中でぐるぐる考えているとその矛先が俺の方に向かってきた。みんなの目に浮かぶのは憎悪、嫌悪、不信、だろうか。負の感情が渦巻いていてそのすべてを読み取るのは至難の業だ。
だけど……
これだけはわかる。彼らの行動の裏側、心根の奥深くに根付いているのは「不安」だ。
そしてそれに流されてはいけない。
「違うよ。俺じゃない。 」
自分でも驚くような落ち着いた、怒りの声。
それに皆、ビクついた。
「じゃ、じゃあ、お前なんでそんな冷静なんだっ!人が、クラスメイトが、死んでんのにっ!」
「俺だって知らないよ。それに君たちだってなんでそんなに怒っているんだ。もう死んだ奴が生き返るとでも思っているの?お前らこそ冷静か?」
「冷静になんていられるものかっ!!お前が首謀者だから冷静なんじゃないk……!??」
その言葉が止まった。
俺の――――――普段向けることのない、氷点下まで冷え切った目を見て。
「犯人探しをしている場合か?死んだ奴らの罪滅ぼしだとか自分の気を抑えるためだとかいう愚かな理由ならすぐ辞めろ。今一番にやるべきことはなんだ?お前らにとって一番大切なものはなんだ?」
俺の心はなんでこんなに冷静なんだろう。
人の死もこの類の苦しみも見慣れたものに思えるのはなんでだろう。
自分のことなのに不思議でたまらない。今すぐはっきりさせたい気持ちがふつふつと湧いてくる。
だけど今やるべきことはそれじゃない。
それぞれの顔を見る。息を吸って、力を込めて言う。
この場を纏めるために。
「今、お前らに必要なのは己の命を守る方法だ。争っていて何になる。そうだな、満たすとすれば己の欲だけか。 」
「ちがう!お前がこれを見てなんとも思わないから……」
「俺?じゃあお前は完璧に人の内を伺えるのか?この世の中には建前と体裁を整えることに大半のパラメーターを傾けている人間だっているのに?」
「う、ぐぬぬっ……」
内心を隠すのが上手い人間だっているんだと言えば殆どの人間が黙る。ここの学生は所詮この程度なのだという思考が浮かんだが急いで無視する。
続けられる面倒くさい言葉一つ一つに正論をぶつけて一人ずつ潰していく。言葉の標的の餌食になった人間たちは皆、より恐怖に満ち溢れた表情をした。
普段の俺とは違う言葉選び。冷えすぎている表情や感情。自分自身に対する困惑を心の隅に寄せ集めて「やるべきこと」に専念する。まるでいつものアイツみたいだななんてアイツに失礼なことを思ってみたりしながら。
順調にいけてると思っていた。
だが、残り数人になった時、それは起こった。
「うるせぇんだよ。お前が犯人のくせにいぃっ……」
『俺』の言葉が効かなかった奴が俺めがけてなにかを投げた。
空中に浮かんだのは、MAXまで刃を出したカッターだ。
頭の真上で刃を下に向けて落ち始めた。
反射神経が絶望的な俺は頭上に手をばってんにして掲げた。ギュッと目を瞑り、震える身体を縮こまらせる。
こんなお遊びみたいな守り方で無傷の可能性はゼロだし、寧ろ多量の血を流したり頭に刺さって重症になったりする確率の方が高いだろう。
だけど。
少しくらい、奇跡を願ってもいいだろうか。
「己の過ちを認めることのない愚者が何をしている。 」
襲ってこない激痛。
男の人の声。
俺は、ゆっくり顔を上げた。
スパンッって音が耳に届く。
「手を出して良いものと悪いものの見分けぐらいつけろよ。そこまでお前らの脳が腐ったとは言わせないぞ。 」
悪党のヒーローみたいな台詞を言う黒い外套を風で揺らす男性。
助けてくれたらしいその人を、俺は知っているような気がした。
「じゃあ、そこの女に問う。今この隣りにいた愚か者は何をしようとした?」
「っっっ!!!か、彼は、そっちにいる犯罪者を、殺そうと、しましたっ!」
犯罪者。
なにも間違っていない、と目の前のその人に怖じけながらもドヤ顔で告げる。
その真実とは異なった言葉に心はキリリと痛んだ。
「犯罪者……か。お前、その言葉を理解して言ってるのか?」
「えっ?」
「彼は何もしていない。そう言い切れる理由はある。そこにある防犯カメラだ。 」
驚く彼らにそんなことも気づいていなかったのか、と言う。正直、俺も知らなかった。
「そこに映ってた映像を確認したところ、お前らが犯人扱いしているコイツはずーっっと下向いてぼーっとしてたぞ。ショックすぎて口から魂抜かしてるアホ面を晒してて、さ。 」
庇われているはずなのに、うん。馬鹿にされている気がするのは何故だろう。
そしてその背がいつも隣にいるあいつに重なるのはなんでだろう。
「う、うそだ。デタラメだっ!」
「どれだけ嘆いたって構わない。否定したところでその真実は変わらないのだから。
しょうがない。お前らの知りたがっている犯人を教えてやろう。こいつらを刈り取った『悪』を。 」
外套の裾が窓から入ってきた風のいたずらで
顔は見えないし、背丈も厚底のブーツを履いているせいで誤魔化されているけど。
勢いよく手を上げた彼を見て、確信した。
彼は――――――――――――
「犯人は、この俺だ。 」
両手に真っ黒な短剣を抱えた『悪魔』は笑った。
その様子に残ったみんなが悲鳴を上げる。
助けてとか許してとか、それこそ彼に対する暴言を吐いている人もいた。
彼の気持ちもわからず。
彼が代わりにクラスメイトたちの怒りを受けてくれてるのに。
なんで彼はそんな扱いを受けなければならないのだろう。
自分に向かって投げられたチョークやら筆記用具やらを彼は何気ない顔で見ている。当たらないし当たってもそこまでの威力はないから、と彼は言うに違いない。
他を守るために。
正確には俺を守るために。
無責任なその言葉たちに俺の心が空いていく。
「やめてよ。 」
その姿を見続けられなくて俯いた。
「彼は悪くない。 」
ガヤガヤガヤガヤ
無責任な、責任転嫁の言葉ばっかり。
ヤメテ
ヤメテ
カレハトウトイニンゲン
カレヲキズツケルオロカモノハ
ゼッタイ二、ユルスモノカ。
「寧ろ彼は善人。本当の悪は」
手を伸ばす。その先にあるのはもちろん。
「お前らだ」
彼を傷つけたひとたち。
その瞬間、なにかの声が聞こえた。
『そうだね。彼に手を出した者には最大の罰を与えよう。怯えて腰抜かすだけに留まった人たちはしょうがない。今回の記憶を奪うだけにして、途中経過を見守って貰えば良いじゃん。 』
「 『そんな罪の方があいつらにはお似合いだ。 』 」
内側でなにかがパンッと弾けた。その勢いに逆らうことができずに、俺は意識を手放した。
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