命脈の手綱
木ノ葉夢華
命脈の手綱《上》
「俺が楽になれる時は来るのだろうか。 」
冷たい風にさらされ、自分はただ呟いた。
◇◆◇◆
「あれ、今日は委員会ないんだ?」
アイス棒を口に突っ込んだまま適当に言い放ち椅子を揺らすそいつに俺は頷いた。
「今日は委員会ないんだと。さっさと帰れと言われた。 」
「ああ、やっぱりあの事件かーなんだかんだ陰険だよなぁ」
ポケットから取り出したスマートフォンをいじって頼んでもないのにあるページ見せてくる。そこにはこの町周辺で起こっている連続殺人事件について細やかに書かれていた。
「事の始まりは一週間前の午後二十時以降の山道入口で隣校の女生徒の首が転がっていたこと。完全に胴体と離れていて即死だったとか。それから数日置きに誰かしらがほぼおんなじとこで犠牲になっているってことだねぇ。どれだけ外出制限をしても毎回毎回犠牲者は出る。この奇妙な事件に警察も匙投げたいらしいって……この犯人はなにがしたいんだろー?」
「知るもんか。俺に聞くな」
「それでも気になるもんは気になるじゃんか。次は誰が生贄になるんだろうってみんな噂してるよ」
「そんなこと話す時点で面白がってるじゃないか。それ以前に生贄とか妄想なんじゃないか?」
「それが町の長老によるとただの噂話でもないみたい。かつてこの村にはある強力な呪いがかけられて、その呪いから人を守るために数十年に一度山の神に生贄を捧げていたとか。 」
ふーんと俺は物を整理しながら話を聞き流す。
というよりもコイツ、学校で携帯使用は禁じられているというのにずっといじってやがる。
「だけど戦中戦後とその儀式が廃れてしまったために山の神は怒ったとか。その説が意外にも有力らしい。ちなみに俺もそれを推しているよ」
「お前の意見は聞いてねぇよ。ただこの古臭い町でのイチオシがわかっただけ十分だな。 」
「そーだ。
「うっせえ。俺に意見を求めるなとさっきも言ったはずだ。情報だけは感謝する。お前もさっさと帰れよ。 」
「はいはーい。この昼間も暗めなこの町の道中まじで怖いんでさっさと帰りますよー」
「賢明だな」
俺は手持ちのスクールバッグを肩にかけて校舎を出た。人の声はあんまりしない。元々人口自体少ない町だ。カアカア叫ぶ声さえもこの町の静かさをより際立たせる材料でしかない。
古い鍵穴に鉄の棒を刺しカチャカチャすれば家の扉なんか簡単に開く。近所付き合いが根強いため犯罪は今のところないらしいが我ながら心配でしかないセキュリティだ。
「今のうちに寝ておくか。 」
今日は母も姉も外出中らしい。俺は一直線に自分の部屋に体を滑り込ませるとカバンを放り投げ、カーペットの上に寝転んだ。
* * *
「うわあ、助けてくれ!」
二十一時過ぎ。
山道入り口のすぐ横で四十代後半の男が巨大な炎に飲み込まれていた。その高さはおよそ五メートルに及ぶだろう。普通なら近所に警戒されるような真っ赤な炎に一切誰も気づかない。
「助けてくれ助けてくれ助けてくれ!!!誰か聞こえてんだろっ!さっさと俺を助けてくr」
「誰も助けはしねぇよ。 」
熱さに身を捩らせる男の目の前に影が映った。
「お前が望んだことだろ?何故己の望みが叶う瞬間に拒もうとする?そうでなければ無意識のうちに出てくるわけがないのに」
「うるさいうるさいうるさい!!!こんなことをやっていいと思ってるのか!犯罪だz」
「知るものか。元はお前なのだから。……そうそう。被害が増えないように予め結界が張ってあるようだ。これじゃあ誰も助けが来ないのは当たり前だな?」
にやりと口角が上がったと共に男の反抗心はなくなってしまったようだ。俯き唇を噛んだ。
「ああ、ただ痛みに耐えることにしたのか。永遠の受け身は己の身を滅ぼすんだって学校で習わなかったのか?……ではお前の望みのままに火を消してやることにしよう。―――ほれ」
黒の
「ぐわぁあああああああああ」
「どうだ。お前の願いは叶えてやった。俺は助けたつもりなのだが?おや?」
地面に転げ落ちた人型を見下ろす。痛々しい
「痛い痛い痛い!助けてくれぇ!焼ける、焼けるぅうう!!!!」
「あ?俺は助けてって言葉に応えたんだが?――――――ああ、火に炙られていた時は気づかなかったものに今更思い知らされたってことか。時に痛みは己を救い成長させるのだが…今のお前はそれにも至らないようだな? 」
何の予兆もなく、再び男を中心に炎が生まれた。先程のものより大きい、十二メートルを行く真っ赤な火柱。不思議なことに周りの木を巻き込むことなく男のみを蝕んだ。
「この悪魔がっ!」
「……負け犬の遠吠えだな。実にみっともなくて哀れだ。簡単に説明するとその炎も俺がつけた訳じゃない。お前こそ見ただろう……お前がつけたんだよ。それを俺に押し付けるな。
「―――!!?お前は!」
「お前は思い込んでおけば良い。俺がやったと。だがそれは遥かに事実とは遠いがな」
正体に気づき酷く顔を歪ませた瞬間、取り巻く熱気がより熱さを増した。
そして勢いを増した炎に呑まれ男の姿はあっという間に消えてしまった。
「……俺が悪魔だと言ったって構わないさ。真実に気付けなかったことをあちらで悔やめばいい。 」
木に飛び乗り、影は移動し始めた。
ひゅんっと音を立てて炎は消滅し、カランっという音とともに白色が地面に落ちた。
* * *
「……そうか。今日も帰ってこないんだな」
『そうそうー久々に地元に帰ったら幼馴染とかに合ってねーお泊り会になっちゃったのよ。もうこんなおばさんが青春味わっちゃって良いのかなんて思ってしまってるけど?楽しめるなら楽しみたいじゃない。 』
「母さんが楽しそうでなによりだよ。そういや姉貴からも連絡あった。そのまま伝えると『元カレに会ってもう一度付き合うことにした。少しあっちにいる。私のことは気にするな。バイトやってるから金も心配するな』だそうだ。 」
『あらぁーいつも通りの素っ気なさ溢れたメッセージね。でも良かったじゃない。あの子元カレ?と別れてから数週間魂入らない状態だったじゃない。バイトなければ人と話すのさえも億劫になって部屋に閉じこもっていたし。いつ自殺しちゃうか心配だったのよー」
「自殺とまで言うのかよ」
『そりゃあ言うわよー。でも話を聞く限り大丈夫そうね。よかったわ」
あんたも早く彼女見つけて身を固めなさいよ、とうるさい声の途中で俺は非情にもブチリと切った。
ツーツーとピコンピコンという音が連続して流れる。携帯の上に出てきた途中で切らないでよという母の呆れのメッセージを横にスライドして暗くした。
今日は休日だ。学校はない。とはいえ家でゆったりするわけでもない。
やることはあるのだ。
靴を履き向かう先は学校だ。
先程テレビで小耳に挟んだ天気予報では曇りだと言っていたが、実際に見てみると確かにいつ雨が降ってもおかしくなさそうな空をしている。真っ黒なボロい折りたたみ傘を雑にバッグに放り込み、住宅街を走った。
誰ともすれ違うことなく校門をくぐり抜け階段を昇り、静まり返った廊下を進む。
見慣れた札のかかった教室の扉をガラガラと開け、俺は顔を突っ込んだ。
覗いてみると俺が入ってきたことにも気づかずみんな下を向いていた。
よく見てみればほとんどの生徒の顔が青い。
「みんなどうしたんだよ」
俺の声にピクリと肩を揺らしたと思ったらみんな急に顔を険しくした。
「あんたはわからないの?」
「人がまた死んだんだ」
「次は誰が生贄になるんだろうな」
「今度の順番的に俺らの世代なんだ」
「この中の誰かが死ぬかもしれない」
「あの山に近づこうなんてしないのにその時になると誰も逆らえないらしい」
「生贄なんかになりたくない」
「安全な場所なんかない」
「死にたくない」
「死にたくない」
頭を抱えたまま立ち上がって呪いのように次々に呟く。ガタンガタンとバランスを崩した椅子や机が散らばる。半分に割れたチョークが上履きに踏み潰される。
その様子を俺はただ眺めていた。
音に溢れた教室の端の方でただひとり動かない奴がいることに気づく。その方に行けば昨日の放課後に噂を語っていたヤツが静かに座っていた。俺に気づくとにっこりした。
「やあ、遼。遅かったじゃん。俺結構待ってたんだけど」
「知らねぇよ。今日の登校は義務じゃない。俺の好き勝手で良いだろ」
「そうだね。遼のそのマイペースなところ、嫌いじゃないよ」
「そうか。お前何様だ? 」
「人間様かな?」
穏やかな顔をして俺に話す。その姿はまるで――――――
「そういや、遼はこの『呪詛』に惑わされないんだね。 」
「ああ、このくらいで壊れてたら人生やっていけないからな。 」
「そうかぁ。じゃあこの人たちはどうなの?みんな死んじゃうね。 」
ざまあみろという言葉が聞こえそうな笑顔を浮かばせた。
「ふふふ…みんなどうなっちゃうのかな。『これごとき』でこの調子じゃあ今回の生贄はここにいるみんなかな」
「お前今自分がなに言ってるのかわかってんのか?」
ケラケラと笑うソイツに俺は問いかける。
多分鋭い目をしているだろう。それなのにコイツは柔らかな笑みを浮かべた。
「うーん?どういうことかって分かるわけがないじゃん。なーに言ってんのさ!
――――――あ、でもそろそろじゃん?」
その数秒後、その見つめる先でシャキンッという音が鳴った。ゴトンッという重音に全員が振り向く。そこにあったのは一番騒いでいた男子生徒の胴体と完全に切り離された、生首、だった。白目をむいたまま涎を垂らす姿が生々しい。
バタンッ
なんとか体勢を保っていた胴体が制御を失いあらぬ方向に倒れた。
茶色い床を濡らす気持ち悪い風景が『彼ら』の止まった時間を強制的に動かす。
「いやぁあああああっっ!!!」
「やっぱり呪われてるんだ!」
「助けてくれ助けてくれ!!!」
ある女子生徒が教室のドアに手をかける。だがそれはビクともしない。鍵がかかっているのに開かない――――――つまり閉じ込められたのだと知るまでにどれほどの時間がかかったのだろうか。怪奇現象に気づいた時、もう彼女は恐怖のあまりしゃがみこんでいた。
そしてその恐怖は伝染する。
スパンッ
ガシャンッ
再びのありえない音にゆっくり振り向く。何が起こったのかを理解したくないのだ。皆、そちらを見たまま身じろぎすらしない。
「ああ、二人も死んじゃったんだね可哀想に。うるさかった奴は口を塞ぐために首を、逃げようとしたやつはその手段を無くすために手首足首を取っちゃったってことかぁ。 」
そんな中呑気な声が教室に響く。勿論、俺の隣りにいるコイツの声だ。
「さぁて次に起こることは何かなぁ?」
だがこれを聞いて激怒するはずのクラスメイトたちは何の反応も示さない。
「お前、お前の意思でなかろうと一応人が死んだんだ。不謹慎だぞ。 」
「そうか。もし遼の気分を害したなら謝るよ。でも意外にも俺、気分は悪くないんだよ。なんでだろうね。――――――そう、よくある『いじめられてた奴がいじめてきた奴の不幸見てすっきりした』って感じだよ、今。 」
「よくわかんねぇ。―――って言いたいが、まあ想像はできる。だがクラスメートの流血シーン見てまでそうは思えないがな。 」
あまりの恐怖に静かになった教室を見渡す。誰もが冷静に「原因」を探す余裕を失っていた。
「二人が犠牲になった中で次に彼らはなにをしだすのかなぁ?」
そんなコイツの予想に応えるように、教卓前に座っていた男子生徒が声を上げた。
「なんで二人がこんなことになってんだっ!この中に犯人がいるってことだろっ!!」
「―――そうだっ誰がやったんだよっ!」
「私はやってない」
「俺もだ」
「あんたなんじゃないの」
「違う!私はここから動いてないもの!じゃあ反対にそう言うあんたなんじゃないの!」
「それこそ違うわよ!じゃあ一体誰だって言うのよっ!」
「僕じゃない」
「私じゃない」
「犯人お前だろ」
「そんな訳無いです!俺は―――」
「ほら始まったよ。罪のなすりつけ合い。この世界で一番醜い言い争いだね。 」
どこか達観したような、諦めたような、そんな目で告げた彼に俺は――――――――――――
その頭に気絶する程度の威力のチョップをかまし、窓から飛び出した。
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