死にたがりのクールな同級生を助けたら、推しのVTuberと同居することになったのだが。

白銀アクア

第1章 炎上

第1話 炎上なんか知るか

 推し、炎上。


 内容の詳細は省く。が、きっかけは1時間前に終わった配信で、ちょっとしたミスがあったのだ。


 炎上派は。

『スパチャを返せ!』『俺たちを騙してたのか⁉』

 といった感情的な意見や。

『アイドル系VTuberが男を匂わせたらアカンやろ。売り方の問題やな』のような評論家を気取ったもの。


 一方、擁護派は。

『VTuberも人間なんだ。恋ぐらいするだろ』『オレはひよりちゃんを応援する』と言っている。


 僕も気持ち的には擁護派ではあるんだけど……。


 根も葉もない情報をもとに騒ぎ立てている点では、どちらも同じだ。


 じゃあ、僕はどうするかって?

 そんなの決まってる。


 推しの夏川ひよりちゃんは炎上していない。

 意味不明な人たちが炎上だと喚いているだけ。


 炎上をなかったこと扱いしても、むかついてはいる。


(癪だし、散歩でもしてくるか)


 時計を見る。夜11時。高校生が出歩く時間ではないが、僕は一人暮らしだ。

 夢咲ゆめさき翔琉かける。孤独な僕を心配する人はいない。


 かといって、警察に補導されるのも面倒くさい。


 僕は帽子を被ると、家を出る。

 5月中旬で昼間は暖かいとはいえ、夜は冷えていた。軽く住宅地を走って、体温を上げる。


(コンビニにでも行こう)


 夏川ひよりちゃんが所属するVTuber事務所ドリーミーカントリーのグッズもほしいし。


 国道沿いを走り、橋を通過。

 超えた先のコンビニでチョコを買い、景品のクリアファイルをもらう。


 幸運にも、ひよりちゃんだった。人気漫画家が書き下ろしただけにクオリティが高い。


 ひよりちゃん尊すぎる。これで勝つる。

 例の炎上なんか知るかっての。


 帰り道。鼻歌を歌いながら、橋に差しかかる。時間も時間なので、車も少ない。

 満月の月明かりが目立つ中――。


「えっ?」


 僕の口から驚きの声が漏れた。

 というのも。


(あの人、橋から飛び降りようしてんじゃね?)


 欄干に手と足の裏をつき、今にものぼろうとしている。

 下は川が流れていて、川までの高さは3メートルほど。

 万が一、落ちたら……?


「うっ」


 激しく胸が痛んだ。胸に続けて、脇腹の古傷がうずいた。


「……父さん」


 最低な記憶がフラッシュバックする。

 その瞬間、僕は駆け出していた。


 だんだんと解像度が上がっていく。


 満月は照らしていた。

 銀髪の少女を。

 愁いを帯びた表情の彼女は――。


清氷しごおりさん?」


 同じクラスの清氷雪乃ゆきのさんだった。


 我が1年の2大美少女のひとりで、ミステリアスで無口な彼女。

 まだ話したこともない同級生は、橋の下を覗き込む。


「ふふ、死ねば会えるんだね。待っててね、そっちに行くから」


 死に恋い焦がれているような顔だった。

 あまりの美しさに目を奪われながらも、強烈な不快感がこみ上げてきた。


 彼女まで、あと3メートル。

 清氷さんは僕に気づいた様子もない。


「待て!」


 僕は叫ぶと、ジャンプ。コンビニ袋が落ちる。そのまま、彼女の腰をつかんだ。


「誰?」


 彼女は振り返る。


「同じクラスの夢咲翔琉だけど」

「誰?」

「同じクラスの夢咲翔琉です」

「誰?」

「清氷さん、僕のこと知らないの?」

「……ごめんなさい」


 悲しすぎる。


(同じクラスに友だちはひとりしかいないけどさ)


 いや、僕のことはどうでもよかった。


「清氷さん、死のうとしてたよね?」

「そうよ。それがどうしたの?」


 清氷さんは淡々とした口調で言う。

 その態度に再び古傷がうずく。


「死なせない。僕が死なせない」

「離して」

「ダメ、離さない」


 清氷さんの腰を強くつかむ。


「だって、君の体、温かくて柔らかくて。これから死ぬ子のものじゃない」

「変態」

「変態でもいい。君を死なせないためだったら」

「社会的に死んでもいいの?」

「いいよ。物理的に死ななければ、なんとでもなるし」

「あなたになにがわかるの?」

「わかる」


 清氷さんは舌打ちを鳴らす。

 彼女の言いたいことは僕にも理解できる。


「僕、祖父を亡くしたばかりで、命の重さは知ってるつもり」


 半分、ウソだった。


「そう」


 事情があり、僕も人の死には敏感だ。思いは伝わったらしい。


「でも、現実はゴミ。ゴミみたいな人生だったら、死んだ方がマシ」

「たしかに、現実はクソゲーだよね。でも、死んだら終わっちゃうんだよ」

「わかったようなこと言わないで」

「言う。ありきたりでもいい。僕は君に死んでほしくない」

「現実はゴミ」


 清氷さんは地面を睨みつける。視線の先にあったのは、推しのクリアファイルだった。


「だったら、僕が君に夢を見せる」

「夢、そんなの幻想よ」

「だとしても、落ち込んでるよりも夢を見てる方がマシだ」

「……あたしはもう終わり」

「終わりじゃない」

「終わりよ」


 風が清氷さんの銀髪をなびかせ、僕の頬を撫でる。こんなときなのに、くすぐったくて、幸せな気分になった。


「だって、あたし……夏川ひよりはゴミな現実のせいで、炎上しちゃったんだから」

「えっ?」


 この日、一番の衝撃だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る