第71話 悪鬼側に来ないカ?

「すごい……!」

 一回戦第二試合を見た真一は驚嘆きょうたんした。試合に勝利したのは木村きむら彩華あやか。彼女の心機しんき如意鞭天にょいべんてんは一度らえた相手は決して離さない。絡め取られたら最後、相手は彼女の怪力に振り回され瞬時にノックアウトされてしまう。今回の試合時間はわずか二分。その間、彩華は一度も攻撃を受けることなく相手を倒してしまった。彼女はB級だが、もしかしたらA級の鋼太こうた以上の強敵になるかもしれないと、真一は恐怖した。

 このままじゃいられないと思い、真一は会場を抜け出した。今すぐにでも訓練をして、自分の実力を上げたいと考えたからだ。真一は堅牢剣けんろうけんの入ったかばんを抱え、訓練場へとつながる道を歩き出した。


「……?」


 歩き出して数十秒。真一は違和感に気づいた。それほど遠くない場所にあるはずの目的地に、一向にたどり着けない。どれだけ歩いても周りの景色が変わらず、同じ場所をずっと歩いているような気がする。

「どうなっているんだ?」

周りを見ても、通行人の姿は見えず、総天祭そうてんさい会場のホールからそこまで離れていないはずなのに、誰の声も聞こえない。昼間だというのに通路もどこか薄暗く、真夏だというのに薄ら寒い。そんな中、真一の背後から声が聞こえて来た。


「やァ、シンイチ。久しぶりだネ」


 その声を聞いて、真一は背筋が凍るような寒気さむけを感じた。この声、この喋り方。間違いなくあの男だ。

「何の用だ……七志ナナシィ!」

真一は振り返ると同時に、声の主をにらみつける。

「はハッ、声だけで分かるなんてうれしいネ」

そこには、堂々と素顔をさらした七志ジンの姿があった。七志はその薄く開かれた金の瞳で真一を見つめ、不気味に笑う。

「ヤッパリ、ボクのことを忘れてはいないみたいだネ」

そう言って近づいてくる七志に、真一は剣を突きつける。

「のこのことやって来やがって。ぶっ潰してやる!」

しかし、七志は動じない。相変わらずのにやけ顔であきれたように手を上げる。

「やめておいた方がいいヨ。今、ここには対悪鬼用たいあっきようの強力な結界が張ってあってネ。今キミに見えているのはボクの『影』なんだヨ。倒したところで意味がナイ。キミが疲れてしまうだけサ」

対悪鬼用の結界が張ってあるという情報を真一は聞いていない。真一は疑問に思ったが、予選で七志の侵入を許したというのに大空が何の対策もしないとは考えがたい。おそらく隊員たちに心配をかけないために秘密裏におこなったことだろう。

「そうまでしてご苦労なこったな。何しに来た?」

「お祝いに来たのサ。オメデトウ。楽しみになって来たヨ」

「楽しみだと?」

「キミの目を見ていれば分かル。戦って強くなって、ボクを倒したいんだロウ? それってつまり、ボクに会いたいってことじゃないカ。アリガトウ、シンイチ。ボクはいつでも大歓迎サ」

七志はゆっくりと真一に近づく。すると、七志の足が触れたところから黒い炎が燃え広がり、周りを徐々に侵食していく。寒気はひどくなり、光は炎で遮られて暗くなり、真一は恐怖で思わず後ずさる。

「大歓迎……? 一体何を言っているんだ?」

「悲しいナァ。予選じゃ一緒に戦った仲じゃないカ」

「僕をだましていたくせに……」

「結果的にはそうなってしまったことは認めるヨ。でもそれは、キミがSOLAソラの側に付くと決めたからなんだヨ?」

「何が言いたい……?」

歩みを止めない七志に、真一はついに壁際まで追い詰められてしまった。七志は真一の剣をつかみ、壁に押し付け動きを封じ、真一の耳元でささやいた。

「シンイチ。悪鬼側こっちに来ないカ?」

「……何?」

「あのとき、ボクらは確かに協力して戦えていたじゃないカ。キミがこっちに来ると言うなら、ボクはキミの味方になロウ。ボクはどんなときでもキミとずっと一緒サ。キミが一体どんな人間でも、ボクは決して裏切らナイ。最後まで、何があってもボクはキミの仲間でいると約束しヨウ」

七志は真一の手を取り、指を絡め、体を密着させる。七志に触れられた手の不快感と、彼の口から発せられた甘い言葉とのギャップに真一は混乱する。味方、ずっと一緒、裏切らない、何があっても仲間でいる。それは真一が求めていた言葉そのものだったのだ。だが……。


「キメェな離せよ変態ヤロウ!」


 真一は全力で七志を振り払い、再び剣を構える。

「はっ……! あいにくだったな。僕はもうあのときの僕じゃない。強くなって、総天祭で活躍して、仲間ができたんだ! 今更お前と一緒になろうだなんて考えるか!」

真一は剣を振り上げる。

「消えろッ!」

斬り下ろされた剣は、七志の体を両断した。すると、七志の体は傷口から黒いちりとなって溶けていく。

ひどいことをするネ。でも大丈夫。こんなことでボクはキミを見捨てたりはしないヨ。決して、決してネ。ふふふふフ……」

そう言う七志の顔は相変わらずの笑みを浮かべていた。


 真一はハッと目を覚ました。周りを見ると、そこは総天祭会場の通路だった。周りには人が大勢歩いており、にぎやかな音楽や声も聞こえてくる。時計を見ると、時間はそれほど経過していないようだ。おそらく、七志が精神に干渉して、夢を見させられていたのだろう。真一は胸を抑え、そっとつぶやく。

「七志のやつ……ちょっかいかけて来やがって」

真一は再び訓練場へと向かって歩き始めた。

 

 しかし、七志の最後の言葉は耳に残り、なかなか消えてはくれなかった。

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