第69話 いい顔で笑うようになったな

「はぁ……はぁ……」

全ての魔力を使い尽くした真一は、大の字になって倒れていた。すでに疲労困憊ひろうこんぱいのはずだが、真一の表情は晴れやかだった。なぜなら、全力で戦って、勝利したのだから。

「おおおおおおおおお!」

会場中が歓声かんせいの渦に包まれる。それと共に鉄也てつや晶子あきこの熱い実況が入る。


『決まったぁ! 一回戦第一試合の勝者は、まさかまさかの一発逆転を決めた今大会唯一のC級隊員、星野ほしの真一しんいちだぁ!』

『たった一つの勝機をつかみ取った、ギリギリの試合でしたね』

心機しんき開発部としても堅牢剣けんろうけんの貴重なデータが取れた一戦だったぜ』

『そうですね。そして総天祭そうてんさいは全てシミュレーターの中で行われておりますので、隊員たちはもちろん無事です』

『安全管理は徹底しているからな』

『それでは、素晴らしい試合を見せてくれた二人の隊員に、改めて入場してもらいましょう』


 晶子の言葉と共に、真一の意識はシミュレーターから現実へと戻ってきた。先ほどまで感じていた痛みや疲労は一切ない。シミュレーターポットの扉が開き、外に出ると、先ほどよりも大きな歓声が真一を迎えてくれた。


「おおおおおおおおおおおおおお!」

「すごいぞ真一!」

「このまま優勝しちゃえ!」

「かっこよかったぞ!」


 押し寄せる賞賛の嵐に、真一は圧倒された。シミュレーター内でも聞いた声ではあったが、この肌を震わす感覚はデータでは感じることができないものだ。

「おめでとう、真一。お前の勝ちだ」

そう言ったのは、同じくシミュレーターから出てきた鋼太こうただった。真一は、鋼太の元へと駆け寄った。

「ありがとうございます、鋼太さん。あなたのおかげでまた一歩強くなれました!」

「ふっ。いい顔で笑うようになったな」

「えっ? そうですか?」

「あぁ。SOLAソラに来てから、お前の笑顔はあまり見たことがなかったからな。素直に喜んでくれて、俺もうれしい」

そう言う鋼太の表情は晴れやかだった。とてもついさっき負けたばかりの人のようには見えない。これがふところの深さというやつだろうか。そういう強さは、真一にはまだない。もしも先ほどの試合で負けていたなら、きっと不貞腐ふてくされた態度を取っていたことだろう。そのことを本人も分かっていた。

「どうした? また暗い顔に戻ってしまったか?」

鋼太にそう言われて、真一はハッとした。


『笑って』


 かつてミノリに言われた言葉を思い出す。

 確かに自分には足りないことがたくさんある。しかし、それは笑ってはいけない理由にはならない。足りないもの、できないこと、苦手なこと。それらはいずれ乗り越えていけばいいし、乗り越えられなくとも、それを補っていけばいい、それがきっと、仲間なのだ。だから、さっき自然にあふれた笑顔、勝利を喜ぶ笑顔は、存分に出してもいいのだ。

「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」

真一は思い切り手を上げ、とびきりの笑顔と共に会場全体に響くような声で叫ぶ。

「やったァァァァ! 勝ったぞぉぉぉぉ!」

 会場からは、少しの笑いと大きな拍手が送られた。

『おいおい、まだ一回戦だぞ? その喜びは優勝のときまで取っておけよ』

『ふふっ、いいじゃないですか。あそこまで喜べるのは素敵なことだと思いますよ』

『ははっ、そうかもな』

そう言いながらも、鉄也も晶子も賞賛する。

 降り注ぐ拍手と声援を、真一は全身の感覚でめた。


その後―


「所で真一」

鋼太は真一にたずねた。

「何ですか?」

「お前、戦いの途中で俺のことを『あんた』って呼んだだろ?」

「えぇ⁉︎ ……そうでしたっけ? そうかもしれません……」

「無自覚だったのか」

「す、すみません」

「まぁいい、気にするな。戦いの最中に気持ちがたかぶって口調が変わるなんて、よくあることだしな」

「あははっ……」

言動には気をつけようと真一は思った。

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