第24話 僕も負けません……いや、勝ちます!

 鉄也てつや晶子あきこによる開幕宣言を聞いて、真一は息をんだ。

「いよいよ始まるのか……」

いくら自信があっても、この場の空気と観客の数、そしてその熱狂の中にいて、緊張感を覚えない真一ではなかった。

 総天祭そうてんさいは、今まで参加したことのあるどの大会と比べても圧倒的な規模だ。真一は少し、自分が気圧けおされているのを感じた。

 大丈夫。訓練はした。自分ができることは全てやった。準備不足はない。だから、今日は自分の力を出し切るだけでいい。それでいい、それでいいんだ。

 真一は胸に手を当て、自分に言い聞かせた。しかし、そう簡単に平常心をとり戻せはしなかった。鼓動は早まり、筋肉は緊張し、汗が頬を伝う。

 その時。


「あ、あれはもしかして……おーい! しんちゃーん!」


 真一の後ろから女性の声がした。聞き覚えのある声だ。あれは確か。

 真一が思い出すよりも、そして、後ろを振り向くよりも先に、その声の主は後ろから真一に抱きついていた。


「やっぱり真ちゃんだ。真ちゃんも総天祭に参加していたんだね」

柔らかで温かな、しかし強い衝撃が真一の背中を襲う。

「あっ……彩華あやかさん! どうしたんですか急に!」

彩華は真一の首に手をかけて抱きつき、顔を真横からのぞき込むようにして真一を見つめた。

 彼女からは、かすかに香水の匂いがしたが、それが何の香りなのかは今の真一には分からなかった。

「あ、私のことを覚えていたんだ。うれしい!」

彩華は目を細め、歯を見せながらニッと笑った。大人の女性に見つめられ、真一は少し照れくさくなってしまった。

「あの……離し……えっ? んっ!?」

首に掛けられた彩華の腕を振りほどこうとしたが、どれだけ力を入れても彼女の腕を振りほどくことはできなかった。

「なになに? 真ちゃんもしかして照れてるの? あははっ、かーわいい!」

そう言って、彩華はさらに強く真一を抱きしめた。

 彼女の細腕のどこにそんな筋力があるのだろうか。真一の首は彩華によって締め付けられ、次第に息が苦しくなる。

「うぐっ……!」


「おい。いい加減にしろ彩華」


意識が遠のきそうになった真一の後ろから、今度は男性の声がした。

「お前の力は普通じゃないんだ。離してやれ」

「はーい」

男性の声を聞いて、彩華は渋々手を離す。

「ゲホッ、ゲホッ! ……ハァ」

真一はせきみ、男性の方を見る。

「ハァ、ハァ……ありがとうございます。鋼太こうたさん」

「すまなかったな。大丈夫か?」

「はい……なんとか」

「そうか、それはよかった」

鋼太は彩華の腕をつかみ、自分の方へ引き寄せた。そして彩華の頭を掴み、無理矢理頭を下げさせる。

「おい、お前も謝れ」

「えーっ、だって真ちゃんかわいいじゃん。抱きしめたくなっちゃうじゃん」

「抱きついたことじゃない。お前は今、真一を締め落とす所だったんだぞ。分かっているのか?」

「はーい。……ごめんね!」

彩華はそう言って、真一に軽い笑顔を向ける。

 その様子を見た鋼太はため息をつき、申し訳なさそうに真一を見つめる。それに対して真一は乾いた笑いを返すことしかできなかった。


「それにしても、あの時の少年がもう総天祭に参加するとはな」

「そうだよね、すごいよね! しかも、鋼太と同じ堅牢剣けんろうけんを使うんだって!」

「えっ、はい。まぁ……」

「あぁ、うれしい限りだ。……だが、戦いとなれば容赦はしない」

「私もね。負けないから!」

鋼太と彩華は、その純粋な闘争心に満ちた目を、まっすぐに真一に向ける。

 真一にとって、こんなことは初めてだった。今までは、誰もが真一に対して恐れや嫉妬、その他あらゆる嫌悪にも似た感情を持って真一を見てきたからだ。

 しかし、今は違う。対等な仲間として、ライバルとして、自分を見てくれる人がいる。真一はそれがうれしくて、同時に誇らしくなり、つい大きな声で応えてしまう。

「はい。僕も負けません……いや、勝ちます!」

真一の宣言を聞き、鋼太と彩華は頬笑んだ。


 その時、巨大なモニターに再び鉄也と晶子が表示され、総天祭の説明が始まった。

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