第3章 総天祭

第22話 信じてるから

 時刻は六時五○分。目覚まし時計をセットした時間よりも早く、真一は目が覚めた。しかし、不思議と眠気はなかった。前日の疲労は完璧に回復し、朝だと言うのに心は活力にみなぎっているのを感じる。真一は勢いよくベッドから起き上がり、カーテンを開ける。すると、まぶしい朝日が部屋に差し込み、真一を照らし出す。

「……よし、いくぞ!」

もう必要無くなった目覚ましのセットを解除し、真一は部屋を出た。今日は総天祭そうてんさい当日。SOLAソラで最強の隊員を決める大会が始まるのだ。

 念入りに洗顔し、朝食は軽めに、しかし栄養価を重視したものを食べ、用意しておいた服に着替えた。本当は気合を入れるためにチェーンや指輪を付けていきたい気分だったが、以前に妹の真理奈まりなに言われたように、制服でいくことにした。しかし、その制服はきっちりとアイロンがけをし、折り目を整えた状態にしておいた。

 真一は玄関の鏡で自分の姿を確認した。総天祭に出るための格好としては完璧だ。これから僕は戦うことになる。シミュレーションの悪鬼とは違う。意志を持った歴戦のSOLAの隊員たちと戦うのだ。そう考えると、少し体が重くなるのを感じた。自分が知っているのは、C級の隊員の、それも一部の人の実力だけ。そして、B級以上の隊員の実力は未知数だ。果たして、自分がどれだけ太刀打ちできるだろうか。


「ん? 真一、どこか行くの?」


 急に話しかけられて、真一はびくりとして振り向いた。すると、廊下の奥に真理奈が立っていた。彼女は、寝巻き姿に寝癖で跳ねた髪のまま、眠たそうにまぶたこすりながら真一の方を見ていた。

「あぁ。ちょっと出かけてくる」

「どこに? あなた部活やっていないでしょ?」

「いや……あぁ……最近始めたんだ」

SOLAのことを話せない真一は、言葉を濁した。

「ふぅん、いいんじゃない。中学に入ってからの真一、暗い顔していることが多かったけど、最近は多少ましになってきたもの」

確かに、真一にはSOLAに入る前の自分が暗い顔をしている自覚があった。しかし、今はそれがましになっているとは気づかなかった。SOLAに入って、自分の目標を見つけられたからだろうか。そう考えると少しうれしくなった。

「そうかな?」

「そうよ。真一、まだ時間ある?」

「えっ? あるけど」

「ちょっと待ってて、渡したいものがあるから」

そう言って、真理奈は階段を上がり、自分の部屋へと戻った。そしてしばらくして、彼女は早足で階段を駆け下りて戻ってきた。

「はい。真一、これあげるわ」

真理奈は、持ってきた物を真一へと手渡した。

「これは、ヘアゴム?」

それは、真新しく飾りのないシンプルな紺色のヘアゴムだった。

「気付いてた? 最近のあなたのゴム、ボロボロだったのよ?」

「えっ? そうだったのか?」

真一は頭の後ろに手を回し、自分の髪を縛っているヘアゴムを触った。指先で表面をなぞると、確かに糸がほつれているのを感じる。髪から取って確認してみると、所どころが破れており、真理奈の言う通りボロボロの状態だった。

 気づかなかった。

 髪を後ろで結んでいる真一は、鏡を見たとしても自分のヘアゴムの状態を確認できない。それでも、普段の真一であるならヘアゴムを取り外す時にその状態の変化に気づいたはずだ。しかし、今回はそれができなかった。その原因に心当たりはあった。ヘアゴムを外すときは、入浴する時や寝る時など、体が疲れている時だ。最近は、総天祭に向けてトレーニングの量を増やし、疲れがまっていたため、ヘアゴムの状態を確認する余裕がなかったのだろう。

「何? もしかして緊張してるの?」

ヘアゴムを持った真一の手は、小刻みに震えていた。

「……あぁ、あははっ。変だな。何でだろう? 今日は試合だからかな?」

「ふーん。でも、真一なら大丈夫でしょ?」

「だといいけど」

「信じてるから」

「えっ?」

「あなたのことを信じてるから。何の試合かは分からないし、聞く気もないけど、あなたなら勝てるわ」

そう言う彼女の表情は真剣で、その瞳は一点の曇りもない信頼を表していた。

「妙に優しいじゃないか? どうしたんだ?」

「別に。ただ、私の目標であるあなたがそう簡単に負けてほしくないだけ」

「そうか、でも、ありがとう」

真一は真理奈からもらったヘアゴムで髪を縛った。もう、手は震えていない。そして、再び鏡を見る。

 うん。今度こそ、本当に完璧だ。

「いってらっしゃい真一。試合、頑張ってね」

「あぁ、いってくる」

真一は玄関の扉を開け、朝日が眩しい外へと駆け出していった。

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