第1章 出会い

第1話 独りじゃつまらないんだよ

「では皆さん、夏休み明けにまた会いましょうね!」

 響くチャイムの音と共に、担任の先生の朗らかな声が教室に響く。季節は七月下旬。ここ、市立愛祥あいしょう中学校は、今から夏休みに入ろうとしていた。

 生徒たちはみな返されたばかりの通知表や山のような課題にげんなりしつつも、これから待っている夏休みのことを思い、胸を弾ませていた。


 遊びに行く予定や成績の話題でにぎわう教室の中で一人、その様子を冷ややかな目で眺める少年がいた。

 彼の名は星野真一ほしのしんいち。白い肌に長いまつ毛、長い髪を後ろで一つに束ねたその髪型も相まって、その姿はまるで映画に出てくるヒロインのようにも見える。彼はクラスの様子を一通り観察したのち、静かに席を立つ。立ち話で通路を塞ぐクラスメイトの横を通り抜け、無言のまま教室を出た。夏休み前最後の日だというのに、彼に話しかけるクラスメイトは誰もいなかった。


 真一は下駄箱げたばこで靴を履き替え、校舎の外へ出る。すると、真夏のまばゆい日差しに一瞬視界がかすむ。やがて光に目が慣れてくると、彼の目の前を掛け声と共にランニングする運動部の一行が駆け抜けた。グラウンドに目を向けるとストレッチをする運動部員が大勢おり、先ほど出たばかりの校舎からは、ブラスバンド部の楽器の音が響いてくる。

 部活をしている生徒以外にも、周りには大勢の生徒たちがいた。みな楽しそうにおしゃべりし、笑い合い、語り合っている。真一は少し早足になって、スタスタと校門まで歩いていく。

 真一はそのまま誰とも目を合わせることなく、家に帰った。


「ただいま」

玄関のドアを開けると、そこには一人の少女が立っており、彼の帰りを迎えてくれた。

「お帰り真一。早かったじゃない」

彼女は真一の妹の星野ほしの真理奈まりな。小学五年生だ。

「あぁ、今日は終業式だったからな」

真一は玄関にドサッとかばんを置き、靴を脱ぎながら答える。

「それは私も同じだから知ってるけど、真一の方が学校まで遠いじゃない? 何? そんなに急いで帰ってきたの?」

真一は、そう言う彼女の表情をチラリと見た。そのまま目線を脱ぎかけの靴に移し、言葉を続ける。

「悪いか?」

「ううん、別に。それより、成績はどうだった? 私と勝負よ!」

「はぁ? 小学生と中学生じゃ勝負のしようがないだろ?」

「いいから、こっちに来て。もうテーブルに置いてあるから」

真理奈はそう言って、廊下の奥のリビングへと向かって行った。真一はため息と共に、鞄から通知表を取り出し、真理奈を追って行った。

リビングの扉を開けると、机の上には多くの賞状と共に、真理奈の通知表が置かれていた。

「へぇ……これ、全部真理奈が取ったのか?」

「すごいでしょ!」

「あぁ、すごいな」

そこには、校内作品コンクール入賞やスピーチコンテスト入賞など、様々な賞状があった。

「そして、今回一番頑張ったのが、この通知表」

真理奈は得意気にそう言って、わざわざ自分の通知表を開いて、真一の前に置いて見せてきた。

「どう? 苦手だった体育を除いて全部三重丸。四年生のときより理科も社会も頑張って勉強したかいがあったわ!」

真理奈は腰に手を当て、自信満々に言い張った。

「うん、すごいじゃないか」

「で、真一は?」

「えっ?」

「あなたも見せなさい。こっちだけ見せるなんて不公平じゃない」

真一はまた真理奈から目をそらし、ため息をついた。

「ほら、これ」

真一は閉じられたままの通知表を片手で無造作に渡した。


「……やっぱりすごいわね」

真理奈は感嘆した。

「当然のように九教科全て最高評価。おまけに定期テストは全部満点じゃない。……これには負けたわ」

彼女は深いため息と共に、真一に通知表を返した。

「負けてられないわね。私も頑張らないと!」

そう言って、机の上を片付け、近くにあったカバンを手に取る。

「どこかに行くのか?」

「うん。これから友達と図書館で勉強する約束してたの。夕飯までには帰るから」

「……そうか、行ってらっしゃい」

「見てなさい真一。私が今のあなたのとしになる頃には、あなたの成績を超えてやるんだから!」

「楽しみにしてるよ」

「じゃぁ、いってきます」


 真一は、真理奈が出ていった後の扉をしばらく見つめ、深くため息をついた。

真理奈のもらっていた多くの賞状。その中には、クラス対抗のレクで優勝したときのものも含まれていた。彼女は、クラスでリーダーをやっていたらしい。おそらく先生たちの手作りであろうその賞状には、クラスメイトの中心で笑っている真理奈の写真も貼ってある。


「いいな……」

真一はそうつぶやくと、自分の部屋へと向かった。


 とぼとぼと階段を登り、自室の扉を開けると、そこには真一がこれまでもらってきた数多くの賞状やトロフィーが飾られていた。

 剣道の大会で優勝したときのトロフィー、夏休みのポスターで県代表に選ばれたときの賞状、体育大会での優勝記録などに至ってはもう数え切れない量になっていた。


「能力ばっかり高くても、ひとりじゃつまらないんだよ……」

部屋の扉をバタンと閉じ、真一は自室に入っていった。

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