ちっちゃくなりましたが、何か?

 里長たちを交えた賑やかな夕食のひとときに、その事件は起こった。


 ぐぬぬ、本当に訳が分からない。一体全体、何がどうしてこうなったのだ。オレたちはただ、楽しく食事をしていただけだというのに。


「ちょわっ……おちつけって、!」


 オレは、興奮が隠し切れていないフー姐を必死で宥める。あぁ、これほどまでに必死になるのは随分と久しぶりな気がするぜ。


「いいえ、ナナシちゃん。この状況で落ち着いてなんていられるもんですか」

「いやいやいや、たのむからおちついてくれ!」


 フー姐に怯えながら、オレはじわじわと距離を取る。

 なるほど、これと同じような環境でナーニャは日々を過ごしているのか。……いやホント、あいつ凄いな。元に戻ったら、これまで以上にしっかりフー姐から守ってやろう。オレは心にそう決めた。


 だが、今はまず自分の身を守ることが先だ。オレは助けを求めるように里長の方へと視線を向ける。


「ふぅむ、その症状……まさかオサナダケの影響じゃろうか。ナナシよ、キノコのクリーム煮にはもう口を付けたかの?」

「ん? ああ、とってもうまかったぜ!」


 ナーニャが採ってきてくれたキノコを使ったクリーム煮だろ? そりゃ食わないわけがないっての。食事の前にフー姐からキノコ狩りの話を聞いていたから、寧ろ真っ先に味わったくらいだ。

 そんなことより、なんだよオサナダケって!?


「やっぱりのぉ。他の者には影響が出ておらぬ辺り、おぬしの器にだけ混入しておったのやもしれぬ」


 ひとり納得した顔の里長。お~い、オレにも分かるように説明してくれ。


「うむ、そうじゃな。オサナダケとは、読んで字の如く食した者の身体を幼児化させてしまう毒を持ったキノコなのじゃ」

「何その素敵なキノコ……!」


 これっぽっちも素敵じゃねえから! フー姐は少し黙っていてほしい。


 さて、さすがにもうお分かりだろう。オレの身に起きている事態……それは身体の幼児化である。

 若返り、とでも言うべきだろうか。オレの身体は、ナーニャや里長と大差ないサイズにまで縮んでしまっていた。どういう原理なんだろうね、これ。


 ところでひとつ訊きたいんだけど、里長はそのキノコの存在を知っていたんだよね? だったら、どうして収穫時に注意しておいてくれなかったのさ!

 オレはついつい不満を漏らす。


「……儂や娘っ子のように元から幼い身体の者にとっては、まったく害のないキノコじゃからの。一般的には毒キノコの部類に入ることを失念しておったのじゃ。すまぬ」


 そんな正直に謝られてしまうと、なんだかこれ以上は責めづらい。なんたって、里長の知識は大抵が彼女自身の経験に基づくものだからね。加えて、里長の身体が幼いのは当人の所為じゃないし。


「そもそもの話、その辺りの危機管理はキノコ狩りを提案したフウラが担っておると思い込んでおったのじゃが……いや、これはただの言い訳じゃな」

「あら、あららら……?」


 里長の一言を耳にしたフー姐の目が泳ぐ。

 はは~ん。これ、ちゃんと意思疎通が取れていなかったパターンだな。フー姐って偶に抜けているところあるから。


「そうは言うても、命に関わるようなキノコが生えていないことくらいは確認済みじゃから安心せい」

「それならあんs……ってオレ、もろにどくのひがいをうけているんだけど!?」

「「…………」」


 二人揃って目を逸らすんじゃないよ、まったく。

 被害を受けた身としては、死にはしないから安心だ、なんて詭弁は受け入れ難い。


 ただ、どうやら毒の影響は一時的なものらしく、一晩も経てば元の身体に戻るだろうとのこと。とりあえず永続的なものでなくて良かった。そうじゃなきゃ、オレの精神面が持ちそうにないからな。


「だけど、ひとばん……かぁ」

「大丈夫よナナシちゃん、何も心配は要らないわ。うふふっ」


 な、なんだその意味深な笑みは。ぶっちゃけ嫌な予感しかしないんだけど。


「だって……お姉ちゃんが、ナーニャちゃんとナナシちゃんをまとめて可愛がってあげるんだから!」

「それがいちばんふあんなんだけどね!?」


 果たしてオレは、この夜を無事に乗り越えられるのだろうか。身体が元に戻ったとき、何か大切なものを失っていなけりゃ良いんだけど……。

 あぁそうだ、念のためあれは確認しておこう。姉を相手にこれ以上余計な疑いは持ちたくないし。


「ふーねー、わざとおれのうつわにオサナダケいれたりしていないよね?」

「わたし、そんなに信用されてないの!?」


 フー姐はもう少し自身の行いを客観視すべきだと思うんだ。それはそれとして、本気でショックを受けている反応を見る限り、さすがに今回はわざとではないらしい。良かった良かった。


「愛が足りなかったのかしら……。こうなったら、お姉ちゃんのことをもっと信用してもらうために、全身全霊で可愛がって愛を注いであげないといけないわね」


 あ、ありゃ? もしかしてこれ墓穴を掘っちゃった感じなのでは……?

 余計な一言を発してしまったと後悔するも時すでに遅し。オレは額に一筋の冷汗が伝うのを感じた。





 いやはや、ナナシのやつには悪いことをしてしもうたわい。もちろん儂に全ての責任があるというわけではないのかもしれぬが、それでも年長者としては大いに反省すべき状況じゃろう。


 ……それはそれとして、ここは一旦退散するのが無難じゃな。このままこの家に長居すると、儂までこの後の惨事に巻き込まれてしまう気がするからの。儂の第六感が確かにそう告げておる。これ以上、幼子扱いを受けるのは勘弁じゃ。


「クウよ、儂らはそろそろ……むっ?」


 クウに声を掛ようとした儂は、此奴の視線が幼児化したナナシに釘付けになっていることに気付き、思わず固まった。


「おぬしという奴は……」


 やはり此奴はフウラと同類ロリコンなのではなかろうか。そんな風に呆れつつも改めて声を掛ける。


「ほれ、そろそろ帰るのじゃ」

「あっ……うぅ、了解」


 いや、そんな露骨に名残惜しそうな表情をせんでも良いじゃろうて。まるで餌を取り上げられた子犬のようじゃぞ、おぬし。


「大体、おぬしの側にはこの儂がおるじゃろうて」


 まったく。昨晩は散々儂を撫で回したくせに。ちょいと身体が幼くなった途端、ナナシの奴に釘付けになるとか節操が無さすぎるじゃろ。

 ……って、いやいや待て待て。一体全体、儂は何を考えておるのじゃ!?


「い、今のは違うのじゃ。何かしらを間違えてしもうただけなのじゃ!」

「これが、デレ……。あわわ、可愛すぎっ」

「後生じゃから忘れてほしいのじゃあぁああ!!」


 儂は、儂の口から飛び出した失言に対し心底戸惑いながらも、何とか無かったことにできないものかと足掻いてみる。じゃが、クウの目尻は完全に下がり切っていて、儂の訂正などちっとも耳に入っておらぬ様子じゃ。これはまずい。


「嫉妬、不要。うち、ちゃんと里長、可愛がる」

「いや、じゃから違うのじゃて……」

「大丈夫。うち、全部理解」

「その顔は絶対に分かっておらぬ顔じゃ!」


 そんな非難すらクウには届かない。儂は身の危険を感じてジリジリとクウから距離を取る。ところがクウはそれ以上の勢いで儂に迫ってくる。


「もう無理。我慢、限界っ」


 それだけ口にして、クウは辛抱堪らないといった態度で儂に抱きついてきた。


「うぅ。こういう展開に段々と慣れてきたことが、何気に一番恐ろしいのじゃ……」


 しかしながら、いくらなんでもクウが暴走しすぎではなかろうか。此奴、フウラと比べれば遥かに理性的だったはずなのじゃが。


「ひっく」


 ん? ひっく?

 いや、まさか、そんなわけは……。ひとつの予感に辿り着き、恐る恐る問い掛けてみる。


「ま、まさかおぬし、酔うておるのか?」

「んふふ、ひっく。続きは、おうちで……ね?」


 やっぱりじゃぁあああ!!

 信じたくはなかったのじゃが、どうやら本当に酔うておるらしい。よく見れば頬には朱が差しており、若干身体が揺れておる。

 食卓に酒の類などは出ておらぬから、他に考えられる原因とすれば……ふむ、キノコくらいじゃろうな。たしかに、儂らエルフには無害であっても、脆弱な人間程度であれば簡単に酔ってしまうようなキノコが存在してもおかしくはないからの。

 そこまで考えが至ったところで、儂は思わず胸を撫で下ろした。結果的には、酔いの症状程度で済んで寧ろ助かったくらいじゃわい。……いや、これはこれで十分マズイ状況なのじゃが。


「さあ、早く帰ろ? ひっく」

「分かったから、いい加減に儂から離れるのじゃ」

「えへへ〜。よいしょっと」

「おい待て、何故なにゆえこの儂がおぬし如きに抱き上げられねばならんのじゃ!」


 こうして儂は、クウにだっこされたまま自分の屋敷へとお持ち帰りされることとなった。無念。

 それ以降に何があったのかについては……不思議なことに、記憶からすっぽりと抜け落ちておる。

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