キノコ狩りの季節ですが、何か?

 都会生まれ都会育ちなボクのテンションは、かつてないほどに高まっていた。

 なんたって、ボクは見つけてしまったのだ……道端に群生している美味しそうなキノコたちを。


「ララ! ララ!」

「ーーーー、ーーーーーーーーーーーーーー。ーーーー……」


 ボクは慌ててララを呼んだ。こんなすごい光景、一緒に見ないなんてもったいないからね。


「ほら見て! キノコの山だよキノコの山!」


 念のため補足しておくが、断じて某メーカーが発売しているチョコ菓子の名称を連呼したわけではない。キノコが山のように生えまくっていたものだから、思わずそう表現しただけなのである。というわけで、山の民も里の民もどうか落ち着いてほしい。

 ……っと、話を戻そう。


 キノコと言えば、梱包されてスーパーに並べられているもの。そんな都会っ子ならではのイメージを叩き壊すような神秘的な光景に、ボクはすっかり心を奪われた。まるで童心に返ったような気分だ。まあ、身体の方はリアルに童体なんだけど……ハハハ。


「ー、ーーーーーーーーーーーーーー」


 前を歩いていたお姉さんも、ボクたちが立ち止まり盛り上がっていることに気がついたらしい。ボクたちを追って近づいてきたので、ちょっとしたドヤ顔になりながら道端のそれを披露してみせた。


「ほらほらお姉さん、これ凄くない!?」


 いつになくハイテンションで話しかけたが、お姉さんはキノコを軽く一瞥したっきり、ずっとボクの顔ばかり見つめている。


「あぅ……な、なんでしょうか?」

 

 ううっ……まじまじと見つめられると、年甲斐もなくはしゃいでしまったことが途端に恥ずかしくなってきた。お姉さんはキノコには大して反応しなかったので、この土地で暮らしている者には見慣れた光景だったのかもしれない。そんなお姉さんからすれば、キノコ程度に盛り上がっているボクの方がよっぽど珍しい光景なのかも。は、恥ずかしい~。


 しかし、ボクの興奮そのものは十分に伝わったようで、お姉さんはひとつキノコを抜き取ると、それをボクに見せながらポイッと手提げ袋へ放り込んだ。

 ふむふむ、なるほど。どうやらキノコ狩りしようと提案してくれているっぽい。


 だけど大丈夫かな? 天然のキノコを素人が採って食べるのは、非常に危険な行為だって話を耳にしたことがあるんだけど。

 いや、山と共に生きるエルフなら、キノコに詳しくたって不思議でもないか。そんなお姉さんが大丈夫って言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。


 ……うん、ここは開き直って人生初のキノコ狩りを満喫するのが吉と見た。せっかくお姉さんが気遣って提案してくれているんだし。ということで、キノコ狩りを存分に楽しんじゃいましょう!





 ナーニャちゃんが見つけたものの正体、それは道端に生えているキノコでした。それもたくさんの。


 うふふ、キノコでテンションが上がるナーニャちゃん、相も変わらず可愛いです。

 それにしても、こんなところにキノコが生えていたなんて。わたしは日常的に通っている道なのですが、ちっとも知りませんでした。子どもって、普通なら見逃してしまうようなことにも気がついたりするときがありますよね。視点の違いなのか、はたまた好奇心のなせる技なのかは分かりませんが。えぇ、昔はナナシちゃんにもよく驚かされたものです。


 ですが、正直なところ今のわたしはキノコにそれほど関心がありません。というか、キノコなんて気にしている場合じゃないんです。

 だって見てくださいよ、ナーニャちゃんが浮かべているこのドヤ顔を! 胸を張り、両手を腰に当てているんですよ? その姿は、さながら財宝を掘り当てた冒険者か、世紀の発明を成し遂げた研究者のようです。あぁダメ、あまりにも可愛いすぎます!


 あっ……たった今、名案を思いつきました。

 せっかくナーニャちゃんがキノコを発見してくれたのですから、この辺りのキノコをいくつか持ち帰って、今晩の食材に使っちゃいましょう。ナーニャちゃんはキノコの収穫ができて喜ぶでしょうし、ついでに食材も一種増えて……良いこと尽くめです。


 ちなみに、わたしにはキノコを収穫した経験はありません。普段は市場で手に入れていますから。わたしは所詮、ただの守り人です。

 ですが、幸いにもこの場には、大抵のことに精通している里長という存在がいます。もしも危険なキノコが生えていても、彼女がそれを指摘してくれるでしょう。ああ、なんて頼もしい!

 そもそもエルフは毒に対する耐性が強いので、余程の猛毒でない限り命の危険はないのですが。


「頼りにしていますよ、里長」

「むっ? 何のことかちっとも分からぬが……おぬしもようやく儂を敬うことを覚えたようじゃな」

「わたしはいつだって里長をお慕いしていますよ?」

「う、うむ! 儂はこの里の長じゃからの!」


 先ほどのナーニャちゃんに負けず劣らず、里長も見事なドヤ顔です。こちらは完全に無意識なのでしょうけど。そんな性格だから、ついつい揶揄いたくなっちゃうんですよ?


「あまりにもチョロすぎて、わたしは里長の将来がだんだん心配になってきましたよ」

「こ、この儂がチョロいじゃと!? それ以前に、将来を心配されるような歳でもないのじゃが……」


 そういえばそうでしたね。

 さて、さっそく目の前のキノコを一本抜き取ります。そして、ナーニャちゃんがしっかりこちらへ向いていることを確認し、ちょうど持っていた袋へと大袈裟気味に入れてみせました。すると、ナーニャちゃんはすぐに意図を理解したようで、鼻歌混じりにキノコを収穫し始めました。


「んっふふ〜〜!」

「ふむ、娘っ子は本当に賢いのう。……その調子で、儂と接するときにももう少し知性を発揮してくれて良いのじゃぞ?」


 ナーニャちゃんの察しの良さを目にした里長が、感心しながらも自身の扱いについて嘆いています。

 そんな里長のもとへ、一緒にキノコを収穫しようとナーニャちゃんが誘いにやって来ました。


「らぁあ! ーーーーー、ーー!」

「よ〜しよし、分かっておるのじゃ。もちろん手伝うてやるから、腕を引っ張らんでおくれ」


 この感じだと、里長の歳が見た目通りでないことをナーニャちゃんが理解する日は、まだ暫く先のような気がしますね。何せ完全に妹分扱いですから。

 まあ、里長もそれほど嫌がっていない様子ですし、これといって問題はないでしょう。





「んっ……はふぅ」

「ふふっ。お疲れ様、ナーニャちゃん」


 両手一杯にキノコを抱えたナーニャちゃんが、ひと仕事終えたような雰囲気を醸しながら大きく息を吐きました。その様子を見たわたしは、ナーニャちゃんと里長が仲良く集めたキノコを持ち帰るために袋を差し出しながら、ナーニャちゃんを労います。


「ああ、それと里長も。なんだかんだと言いつつもナーニャちゃんの子守、お疲れ様です」

「ふんっ、この程度べつに余裕なのじゃ」

「たしかに。普通に楽しそうでしたもんね、里長」

「い、いや!? そのようなことはないぞ?」


 明らかに目が泳いでいますよ?

 べつに否定する必要もないと思うのですが。まったく、難儀なロリババアです。


 何はともあれ、頑張った彼女たちにはご褒美をあげなくちゃいけませんね。えぇ、絶対に。


「とにかく二人ともお疲れ様でした。……ということで、お姉ちゃんが頭を撫でてあげまちゅね〜」

「んぇ……? ふわぁああああ」

「って儂も!? や、やめんか馬鹿ぁっ」


 有無を言わさず二人まとめて撫でてあげます。ナーニャちゃんはほんの一瞬だけ戸惑う素振りを見せたものの、すぐ気持ちよさそうに目を細めました。

 里長は……いつも通りの愉快な反応です。


 なんだか既にお腹いっぱいになった気がしないでもないですが、そろそろ本来の目的に戻って買い出しに向かうとしましょう。

 暫く頭を撫で続けた影響か目をとろんとさせている二人の手をギュッと掴みます。


 うん、やっぱり。先程のようにひとりで前を歩くより、このスタイルの方がしっくりきますね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る