ほっぺに朝の挨拶ですが、何か?
おはようございます。今日もまた、いつもと変わらぬ清々しい朝を迎え……むぎゅっ。
失礼、改めてもう一度。今日もまた、いつもと変わらぬ清々しい朝をぉ……うぐぐぐぐ。
「あぁもう! お姉さんたち、ぐるじいですっ」
この世界で目覚めてから六日目の本日、ボクは清々しいなんて表現とは程遠い朝を迎えていた。
ベッドに寝転がるボクの右隣にはお姉さん、左側にはダークエルフさん。いい加減、慣れすら感じ始めた川の字の就寝スタイルである。
この状態って、挟まれているから只でさえ圧迫感があるんだけど……昨晩に至っては、なんと両側から抱きしめられるというね。隙間ひとつ見当たらないような密着っぷりで、サンドウィッチの具材も同然の扱いを受ける羽目になった。そんな夜を乗り越えた結果、ボクは朝から満身創痍な有様なのだ。とほほ。
いやまあ、寝れたか寝れなかったかで言えば、割とぐっすり眠れたんだよ? 昨日はいろいろあって疲れていたからね。エネルギー切れってやつだ。
それと……正直にぶっちゃけてしまえば、いきなりの事態になんだなんだと取り乱したのは、最初の数分だけだった。というか、その後すぐに猛烈な安心感が襲って来たもんで、寧ろいつも以上に熟睡できたような気がしないでもない。ボクとしては、なんとなく受け入れ難い事実なんだけど。
ただ、朝を迎えて目を覚ましても、微塵も体勢に変化なくこの状態のままだなんて、さすがにそんなの想定できないでしょ。
で、昨晩は襲い来る眠気で意識が朦朧としていたこともあってそれほど気にしていなかったんだけど……両側から、なんか色っぽい吐息がぁあああ!
これ、ボクが男のままだったら、理性の面がいろいろと危なかった気がする。
……いや、というか逆に、もうちょっとボクの理性が揺らいでも良い場面なんじゃないかな? なに普通に自己分析する余裕を持っちゃっているんだよ。
密着しているお姉さんたちの柔らかい感触とか、鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い匂いとか……そういう類に至っては、今改めて状況確認して意識するまで、これっぽっちも気になっていなかったからね!?
あぁ、慣れって怖い。
「んんっ……ーー、ナーニャちゃんーーーー」
「ふわぁあ……ナーニャ、ーーーー」
おっと。ボクがモゾモゾと動いていた所為か、お姉さんたちが目を覚ましたみたい。何はともあれ、まずはいつも通りの挨拶から。
「おはよ、ございますっ」
これで良し。
さて、挨拶も済んだところで、そろそろベッドから起き上がりましょうか。一秒でも早くサンドウィッチ状態を解消したいボクは、そんなメッセージを込めてお姉さんに視線を送る。
ボクとお姉さんは、もはや以心伝心の仲だからね。当然正しく伝わるはず。はず……。
「ナーニャちゃん、ーーーーーーー……っ!」
「あぇ…………んわわわ!?」
ボクと目が合った途端、お姉さんは何故か辛抱堪らんといった具合の表情を浮かべ……より一層顔を接近させたかと思えば、そのままボクのほっぺに
うにゃぁああ! 何が以心伝心の仲だよ。全然伝わってないじゃんか!?
「あのっ、その……べつにボクは、おはようのキスを催促したわけじゃなくてですね?」
「ふふふっ」
こりゃダメだ。ちっとも伝わる気がしない。
ま、まあ、ほっぺにキスされたくらいでどどど動揺するボクではないからねっ!? ……ほら、欧米ではキスがあいさつ代わりだったりするんでしょ? それと同じことだから!
「ナーニャ……ーーー」
「ん、えっ?」
妙に上機嫌なお姉さんとは相反し、どうにも不満げな様子のダークエルフさん。どんよりとして眠そうな半目のまま、先ほどお姉さんにキスをされたのとは反対側のほっぺを睨んでいる。
えぇっと……ダークエルフさん、一体どうしたのかな? ほらっ、早く起きようよ。
あは、あはははは。顔が何だか近いですって。
……ほわっ!? うにゃあああああ!
◇
かつて神の子は言ったそうな。右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ、と。でもね……そんな彼ですら、右の頬にキスされたら左の頬を差し出せ、とまでは言っていなかったはずなのである。
何故ボクがこんな下らないことを考えているのか、それは敢えて説明せずとも察してほしい。うぅう。
さて、あれから小一時間ほど経ったことだし、暫し脳内反省会でも行うとしようか。
第一に、お姉さんとボクが以心伝心の仲だなんて調子に乗った考えを抱いてしまったことが失敗だった。もしそんな仲だったとしたら、そもそも昨晩の時点であんな目には遭っていないっての。
そしてもう一点。まさかのダークエルフさんにまでキスされちゃった件だけど……正直、あれについての原因は皆目検討がつかない。果たして、何がダークエルフさんをあのような行動に走らせたのか。
もしかすると、この世界では朝一の口づけが常識、もしくはマナーだったりするのだろうか。
だとすれば、「おいおい。あいつには頬を差し出しておいて、こっちは無視かよ。この常識知らずが!」みたいな感じで不満をぶつけられたとしても文句は言えない。いや、そんな口調なのかは知らないけど。
あれ? その場合、今度はボクの方からもキスを返すべきだったりするのか……?
って、それはダメだ。何というか、とにかくダメなものはダメだ。絵面的には大丈夫なのかもしれないけど。郷に入っては郷に従えって言葉もあるけど。とにかく、そういう問題ではないのだ。
この件については、もう暫く様子を見ることにしよう。早合点しちゃうのも良くないしね。うん。
……ん? 反省会を行うのは構わないけど、そろそろ今どんな状況なのかも説明してほしいって?
べつにいいじゃないか、そんなこと。もう少し現実から目を背けさせてよ……。
「ナーニャちゃん、ーーー!」
「…………
◇
わたしの膝の上に乗っているナーニャちゃんが、ぶつぶつと独り言を呟いています。何か考え事でもしているのでしょうか。しかし、難しい顔をしていても可愛いだなんて……ナーニャちゃんの魅力は本当に反則級ですね。朝から眼福です。
そんな可愛い妹には、とっておきのご褒美をあげるとしましょう。ほら、お口を開けて?
「ナーニャちゃん、あ~ん!」
「…………あむっ」
果実を刺したフォークを差し出すと、ナーニャちゃんの小さなお口がそれを咥えました。直後、ナーニャちゃんの目尻がとろんと下がります。
ふふっ、よっぽど美味しかったのでしょうね。この果実、とっても甘くて美味しいから、絶対ナーニャちゃんが喜んでくれると思ったんですよ。
「昨日の夕食時といい、今朝といい、フー姐ばっかりナーニャの世話してズルいぞ……」
「このくらい良いでしょ? わたしが立てていた昨日の予定、丸々潰れちゃったんだから」
「それはまあ、そうなんだけどさ」
ナナシちゃんが少しばかり拗ね気味ですが、ナーニャちゃんにあ~んする権利だけは譲れないんです。ごめんなさいね。
「……ふんっ」
あら? もしかして、ナナシちゃんも久しぶりにあ~んしてほしくなったのでしょうか? そういうことなら、明日はナナシちゃんを膝に乗せて……。
「待って、フー姐。またなんか碌でもない誤解してるでしょ……それ、絶対違うから」
「そうなの? とりあえず、お姉ちゃんはいつでも大歓迎だからね!」
ナナシちゃんは素直じゃないですからね。今はまあ、そういうことにしておいてあげましょう。
「そういえば、さっきナーニャちゃんのほっぺにキスしてたでしょ」
「そそそそそそんなこと、フー姐じゃあるまいし……オレがするわけないだろっ!?」
わたしにバレないよう隙を突いていたつもりのようですが、お姉ちゃんの目は欺けませんよ?
大体、朝からあんなに赤面していたら、誰だって察しがつくというものです。
「ふふっ、やっぱりナナシちゃんは素直じゃないわね。可愛い子」
「な、なんだよぉ~……」
ナーニャちゃんには寝起き早々に上目遣いでキスをせがまれ、ナナシちゃんには微笑ましい光景を見せつけられ……。可愛い妹二人に囲まれて、今日もわたしは幸せです!
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