ウィークネス

一宮けい

アルコール

「やだあ、お待たせっ!」

 黄色い声をあげながら麻友子まゆこが近づいてきた。おいおいやめろよ。げんなりした顔でバーの席から首だけ回し顔を向けた。

「麻友子、年甲斐もなくやめろよな」

「いいじゃんか、わたしと京介の仲でしょぉ」

 仲って。

「今日おごりね」

「…まあ仕方ないか」

 

 今日は柄にもなく、無職の癖にバーでだらだら時間を溶かしていた。そしてはたと気が付いた。財布がない。しまった。ということで、現在一緒に住んでいる麻友子に来てもらった。

美歌みかいるもんな、すぐ帰ろうか」

「いや、今元旦那が預かってる」

 俺は眉をひそめた。

「…いいのかよ」

「よくないけど。でも美歌には父親と会う権利はあるでしょ。あいつにないけど。それにさ、わたしも今日はなんか飲みたいんだわ」

と言いながらメニューも見ずにアラスカを頼んでいた。

「うへえ、よくそんなの飲めるな」

 アラスカはジンで割るのでアルコール度数が高かったはずだ。

「これを女に飲ましたら京介が悪い男に見えるよね。京介が悪い男って、まじで笑えるけど。てかさあ、ほんとに飲めないよね」

 心底馬鹿にしたような顔で、俺の飲みかけのスプリッツァーを見てほくそ笑む。まあアルコール度数は10度くらいだからそんなに高くはないよ、確かに。しかも10度でも実は俺にとっては高い。たぶん飲めても3分の1程度だ。弱い。


「わたしたちって本当に兄弟?」

 まじでそれは俺も思ってるよ、姉貴。


 麻友子は俺の双子の姉。二卵性だし、男女の双子であるから、見た目は全く似ていないので、よく恋人と間違われる。それをいいことに麻友子は時々猫かぶりをして「京介く~ん♡」とか言って遊んでくる。虫唾むしずが走る。


 バーテンダーからアラスカが手渡された。カクテルグラスに注ぎこまれた、優しい黄緑色のカクテルだ。きれいな色とは裏腹に、中身は強い強いお酒だ。

「わたしたちの独立記念に乾杯」

 置かれていた俺のスプリッツァーにかちんとグラスをあてた。アラスカのグラスを口につけると、半分ほど一気に飲んだ。

「にゃははは、久しぶりの酒は甘露ですな」

 上機嫌に麻友子が笑った。

「それ強くない?」

「ジンベースだもんね、そりゃ強いよ。でも甘いんだな、味は」

 俺なら味とか楽しむ前に天国に行けちゃう酒のような気がするわ。




 そんなにお酒も飲めないのにどうしてバーに来たのか。それは会社をやめたことに起因する。


 はじめの不調は心よりも目に現れた。左目の痙攣けいれんが止まらない。ピクピクっとなるあの痙攣。勝手に動いて面白いなとまるで他人事のように感じていた。しかしだんだんそのサインがなんなのか解ってきた。


「てめえ、何回言ったら解るんだよ、ちゃんと!」

 男の上司が高い声でわめいている。みんなの怯えたような視線が俺に収束する。このついてんのか、っていうのは金玉のことである。こんな汚い罵り言葉あるのか、とこれまたどこか他人事のように思っていた。この状態に入ったら、上司は恐らく1時間は怒り狂う。


 左目の痙攣がはじまる。

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