ポレミラーヌの鈴殺人劇~時間操作する鈴と借金1兆円を返済するため、謎の治験薬を投入された男~

おんぷがねと

第1話 謎の治験薬

 アルバイトで生計を立てている僕(21歳)は、付き合っている彼女の誕生日がもうすぐだったので、何かプレゼントをしようと考えた。


 デートのとき、彼女はショーウィンドウの向こう側に展示されている、ルビーの指輪を見つめていた。


 僕はどうしてもそれを彼女にプレゼントをしたくて、ルビーの指輪を探した。


 アルバイトの僕にとってはとても高価な物だった。でも、それだけの価値があると思った。


 それで、僕の貯金でも買える範囲の物を探すことにした。


 できれば、安いやつを……。


 僕のその考えが、とんでもない事件に巻き込まれるきっかけになるとは。



 昼下がりの午後、僕は公園にいた。ここへ来たのは、ある人に会うためだった。借金1兆円、これが僕の現状だ、返すためにはこの話に乗らなければならない。


 【現金1兆円】差し上げます。という広告を見て、この公園へ来たわけだが。待ち合わせ場所しか広告には書いておらず、ただ、この公園が家から近くだったという理由で来ただけだ。まあ、借金で首が回らないといったこともあるが。


 担当者が来ていないか周りを確認すると、家族連れや恋人たちが楽しそうに遊んでいた。


 僕の目には痛い光景だ。恥ずかしさのあまり近くにある屋根付きの休憩所らしき場所を見つけてそこに置いてある長椅子に腰を下ろした。


 1兆円てなんだよ、自己破産したいが僕の下らないプライドが邪魔をして、そうさせてくれない。


 借金を返すんだ、絶対に。


 ……あんな物を買わなければよかったのに。


 通販で指輪を探していた。彼女にプレゼントをするために探した。以前から彼女が欲しがっていたルビーの指輪を手に入れるためだ。それで見つけたのだ、3百万円のルビーの指輪が1万円の値下げになっていることに、僕は衝動的にそれを注文した。しかしそれが罠だった。


 注文した直前、1兆円に値が上がっていたのだ。僕は目を疑った、いや僕の目がおかしかったのか? そのあとは催促の電話がひっきりなしに掛かってくるようになり、彼女には振られ。居ても立ってもいられず外に出た。返す当てもなく街をふらついていたら、この広告が目に留まったというわけだ。


「何でこんなことに……」


 僕は頭を両手て抱えてテーブルにうずくまった。


「あなた、広告を見て来たの?」


 大人の女性の声が僕の耳に入り、僕は顔を上げた。そこに居たのは尖った赤いピンヒールに赤いタイトスカートに赤いシャツを着て、どこのブランドか分からない赤いショルダーバッグを肩から下げた女性が立っていた。女性は足元まであるブロンド色の長い髪を片手でかき上げながら気だるそうにしていた。


 僕は立ち上がり言った。


「は、はい、そうですが」

「じゃあ、これにサインくれる?」


 そう言うと、女性はショルダーバッグから電子パットを取り出して僕に差し向けた。見ると、何やら小難しい文章が長く書いてあり、その下に名前を書く欄が表示されていた。僕は聞いた。


「ここに書けばいいんですか?」

「そうよ、早くして」


 僕は椅子に座り促されるまま指でサインを書いた。

 

 僕の名前は【毛入ないち】

 

 ブロンドの女性は、いつの間にか向かい側の長椅子に座っていた。足を組んで公園の風景を眺めている。


「あのー書いたんですが」


 女性は電子パットを取り上げると目を細めて、注意深く記載もれが無いか確認していた。


「けいり、ないち……でいいの」

「あっ、違います、けいるです、けいるないちです」


 はあ、と女性はため息をもらすと電子パットに指で何かを書いた。それからおもむろに立ち上がり見下すように言った。


「今から現場に向かうから、これをしてちょうだい」


 そう言って、女性は電子パットをバックに入れると代わりに睡眠用の黒い目隠しをテーブルの上に放り出した。

 僕はそれを取らずに女性を見上げて質問した。


「あの、その、何をするんですか? それにあなたは誰なんですか?」


 女性はその質問を嫌がるかのように、僕から視線を逸らして公園の方を向いた。


「あたしのことはどうでもいいでしょ。やるの、やらないの、どっち」


 女性はぶっきらぼうに言い放った。イライラしながら腕時計を確認している。


「早くしてよ」


 女性は長椅子に座るとシャツのポケットから煙草を1本取り出して咥える、それからジッポーライターで火を点けた。煙草の煙が辺りを包む。


「あの、せめて内容だけでも、お願いしたいんですがぁ」


 僕は頭を下げるように懇願した。女性はチラリとこちらに視線を送ると、空へため息交じりに煙草の煙を吐き出した。


「極秘事項なの、わかる、言っていること」

「は、はあ」


 僕は首振り人形のように上下に首を振って答えた。


「あなた、原石って知ってる?」

「原石ですか、あの、宝石になる」

「そう、その人間を探してるの」

「人間? ですか」

「つまり、逸材よ」

「僕が逸材ですか」

「いいえ、その可能性をこれから試すの、だからそれをしなさい」


 女性は急かすように目隠しを顎でしゃくった。僕は促されるまま目隠しを取ろうとしたが、女性は直ぐにその行動を止めた。


「ちょっと待って」


 吸っていた煙草を携帯用の吸い殻入れにねじ込むと、バッグの中から透明な小皿を出した。理科の実験とかで扱う蓋の付いた丸い小皿みたいな物だ。


「今からあなたに、この中の物を体内に入れてもらうわ」

「たいない?」


 透明な小皿の中身を見てみると、白い綿が敷かれているだけで何も見えなかった。


「あのー、わ、綿を体内に入れるんですか」


 女性は苛立たしげに首を左右に振った。


「違うわ、目に見えないくらいの小さな物が載ってるの、わかる?」


 僕はまじまじと小皿の中を確認したが何も見えなかった。僕は首を横に振って答えた。


「え? よく見えませんが、ははは」


 僕は笑ってごまかした。女性は目を細めて僕から視線をズラすと、ため息交じりに言った。


「そうでしょうね。この中にあるのは極秘で開発されている、治験薬よ」

「治験薬ですか」

「まあ、口で説明するのも面倒だから、早速試してくれる」

「え? 試すんですか」

「そうよ、そのために広告見て来たんでしょ」

「いやあ、そりゃ来ましたけど、あの、1兆円て一体」

「鈍いわね、1兆円をもらうかは、これからのあなたの働きで決まるわ」

「ですから何をするんですか、一体」

「まず、この中に入っている物を体内に入れてもらってから、ある場所へ行ってもらうの」

「どこに行くんですか」

「それは言えないけど、治験薬を試すところ、とでも言えば分かるかしら」


 僕はそれ以上追及はしなかった。1兆円の借金と体にどんな影響があるか分からない治験薬のどっちを取るか迷っていたからだ。


 女性は待つのが苦手なのか再び煙草をふかし始めた。僕が考えあぐねていると、痺れを切らして女性が言った。


「別にやりたくなければいいわよ、ほかを当たるだけだから、どうする」


 どっちつかずの僕に呆れたのか、女性は煙草を吸い殻入れにねじ込み、透明な小皿と目隠しをバッグに入れて立ち上がった。


「そう、この話は無かったことにしましょ」


 その言葉を残して女性は去ろうと踵を返した。コツコツとピンヒールの叩く音が遠ざかっていく。僕は慌てて立ち上がり、女性を呼び止めた。


「ま、待って下さい!」


 女性は立ち止まり僕に耳だけを傾けた。


「やらせてください! あの、僕はやります、お願いします!」


 しーんと静まり返り、周りにいる家族連れや恋人同士なんかが僕たちの方を向いた。それから、何事もなかったように騒ぎ出した。


 僕は下を向いて唇を噛みしめた。これで借金が返済できるなら安いものだと強引に思った。女性は再び僕のところへ来ると、バッグからさっきの目隠しと透明な小皿を投げ出すようにテーブルへ置いた。


「やるのね」

「はい」


 僕は勢いよく首を縦に振った。

 女性はバッグから赤いふちの眼鏡を取り出してかけた。それから手際よく透明な小皿の蓋を開けるとその中の物を指先で摘まんだ。


「首を出して」


 女性は首を横に倒して見せた。僕は言われるがまま同じ行動を取った。

 女性は僕の首にさっき摘まんだ何かを持ってきた、それから僕の首に指先が軽く触れると彼女は指を離した。


「これでいいわ」


 眼鏡を外すしバッグに入れると、うざったいのか髪の毛を片手でかき上げた。


「今からテストするから、いい」

「……は、はい」

「自分の手のひらを3秒くらい押してみて」


 僕は自分の手のひらを指先で押した。すると見えている風景に文字が浮かび上がった。


「あっ! 文字が出てます」

「私を見てみて」


 女性を見てみると、名前の文字が顔の横辺りに出ていた。


「今から私の名前を言うわ、そうねぇ……ルビーでいいわ」


 そう言った途端に名前の横にある空欄がルビーと映し出された。


「どう?」


 咬みつかんとするばかりに食い入るように僕の顔を見つめる。


「あー、名前のところがルビーになりました」


 僕は辺りを確認した。テーブルはテーブル、卓。長椅子は長椅子、ベンチと映像の中で表記されていた。


「とりあえず機能してるわね」

「あのーこれは一体」

「黙ってて、あたしの言う通り、行動してみて」

「は、はあ」

「手のひらを指でなぞってみて」


 僕は指で手のひらを軽くなぞった。すると色々な言葉がスクロールされていく。よく見てみると、天気、時計、体温、空腹度などなど。


「何が見える」

「天気とか時計とかですね」

「じゃあ、その天気を押してみて」

「え? 押すってどういう風に?」

「目を動かしてみて」


 よく見ると小さい点が見ている真ん中にあって、目を動かすとその方向へ移動するようになっている。


「あーなんか、白い点みたいのがありますね」

「それを目で動かして、天気の欄に持っていって、指で手のひらを叩くの」


 僕は目を動かした。目の動きと同じ速さで白い点が動く、天気の欄まで持っていって手のひらを叩いた。天気の欄に晴れと表示された。


「晴れと表示されました」

「そう、あと気温調整のテストもするから」

「きおんちょうせい?」


 僕の問いを無視してルビーは先を続ける。


「春夏秋冬って書いてある欄があるでしょ、そこを叩いて」


 僕は言われた通りに目を動かして指で春夏秋冬を叩いた。画面は春、夏、秋、冬の文字が浮かび上がった。


「春、夏、秋、冬って文字が出ました」

「じゃあ、その文字の冬を叩いて」


 僕はさっきの様に冬を叩いた。すると季節が冬になったのか粉雪が舞っている。


「あ! 何か粉雪が降って、冬になりました」


 僕は粉雪を手で受け止めた、すると冷たい感触が手に伝わった。


「つめたっ!」


 風が辺りを吹き抜けると僕の体が次第に凍え始めていった。


「さ、寒いです。あれ? 今って春ですよね」

「言ったでしょう、気温調節だって。春にしたかったら春、夏にしたかったら夏にすればいいわ」


 僕はほかも試してみた。夏を叩いてみた、セミの鳴き声がどこらから聞こえてきた。途端にむせ返るような暑さが僕を覆い汗が出始めた。僕は慌てて春に戻した。


「ふん、テストは申し分ないわ」

「あのー、この周りにある奴って、消せないんですか、名前とか」


 僕は空中を人差し指で円を描くように見せた。ルビーは小さなため息をひとつ吐きうなだれたように言った。


「手のひらを3秒くらい押してみて」


 僕は手のひらを指で3秒ほど押してみた、すると辺りにあった文字は綺麗に消えた。


「表示させたかったら、もう分かるわよね」

「3秒くらいまた押す、ですか」


 ルビーは頷く。3秒ほど指を手のひらに当ててると、電源を入れるようにさっきの文字が目の前の空間に現れた。僕は更に聞いた。


「この真ん中の白い点を消したいんですが」

「2回連続で叩いてみて」


 言われた通りに僕は指を連続で2回叩いた。白い点が消えて目が良くなった気がした。


「あ、消えました」

「その点が無くても、指で手のひらをなぞったりしなくても操作は出来るはずだから」

「そうなんですか」

「じゃあ、目隠しをして。ほかは実戦で試せばいいわ」

「ほかにも機能があるんですか?」

「ええ、忙しいから早くしてくれる」

「はい」


 僕は慌てて目隠しをした。それからルビーは僕の腕を引っ張った。転ばないように注意しながら歩いて行くと、ドアの開く音がした。


「乗って」


 ルビーは僕の頭を押さえつけるように屈ませると強引に押した。フカフカなソファーみたいな所に座らされると、バタンとドアの閉まる音が聞こえた。

 それから、別のドアが閉まる音がすると、そのあとエンジン音が聞こえてきた。


 どうやら僕は車に乗せられているようだ。

 心地よい運転が僕の眠気を誘いそのまま眠ってしまった。

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