#3-1(人間のターン)

 オリビアが剣を振りかぶった瞬間。


「ブックマーク!」

 叫んだ僕の視界が青く輝いた。

 輝きが収まると、辺りは灰色の無機質な空間に変わっている。

「きゃーっ、サイガが斬られちゃうー! ……って、あれ? 全部消えちゃった。あっ、もしかしてサイガ『栞』を使った?」

「ああ、取りあえず強制離脱した」

「ブックマーク」は文字通り栞の機能で、物語を中断する時に使用するものだ。

 ただし、あくまで中断であって再開すればまたあのシーンから始まることになる。

「これで考える時間は作れたな。さて、これまでの事を整理するか」

 VRノベルとゲームの違いは、自発的な行動がとれるかにある。

 VRノベルはストーリーを体験するものであり、その根本は紙の小説を読むのと違いはない。

 主人公(自分)が行動し体験していることは予め書かれた内容を辿っているだけだ。

 もちろん、顧客からの要望があれば分岐点を設定してマルチエンディングのような仕様にする事は出来る。

「だけど、この作品はそんな仕様ではなかったはずだ」

 僕は目の前にシナリオと仕様書を表示してチェックに取り掛かった。

「ノベルも三章以降のシナリオをチェックしてくれるか」

「はーい」

「この作品で唯一ギミック的なものと言えば、オリビアの反応に幅を与えるための簡易的な会話生成AIを載せた位だよな」

「う、うん。そうだね」

「しかしさっきの様子じゃそんなレベルじゃない改変が加えられてる可能性が高い」

「へー、そうなんだー」

「ノベル?」

 僕は違和感を覚えて顔を上げた。

「お前、反応が変じゃないか?」

「そ、そんな事ないよー」

 言葉とは裏腹にノベルは挙動不審なモーションを繰り返している。

「お前、何か知ってるだろ?」

 ビクッと大きく肩を震わせ、ノベルが上目遣いで僕を窺う。

「ち、違うの。オリビアちゃんがね、自分もお話作ってみたいって言うから!」

「オリビア、ちゃん?」

「作品を作ってる時に、オリビアちゃんとお話ししてたら、そんな話になって……」

「お前……まさかオリビアにストーリージェネレータAIをコピーしたのか?」

「だって、だって『お友達』には優しくしろってサイガだって」


 何てことだ。統合型に教育したことでノベルはオリビアに「友情」を感じてしまったのだろうか。

 次の仕事からは切っておかなければ。

 いや、その前にこの状況をどうする?

 今のオリビアは善悪の判断も曖昧なまま世界を作り替える力を持っていることになる。

 僕は頭を抱えていた。


#3-1ここまで

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