夜空に祈りを
白沢悠
来るはずのない手紙
星々が去った早朝の空は黒雲に陰る。
――ずっとこのままいられたらいいのに。
ぼんやりとそんなことを思って、首を横に振った。ずっとここにいようとしても、ずっとこのままではいられない。人が通るし、家族も出て来る。先生や友達から連絡だって来るかもしれない。学校に行くのは面倒だけれど、行かないのはもっと面倒だ。馬鹿なことを考えていないで早く駅へ行かなくちゃ。気分を切り替えようとしても、教科書の入った鞄がひどく重く肩に食い込む。
傘の先を蹴って、郵便受けを覗く。新聞、チラシ、ダイレクトメール。それからクラフト紙の封筒が一通届いていた。ごく普通の、普通すぎてかえってあまり見かけない色形の封筒を、何の気なしに手に取り眺めて息を呑む。
父でも母でも兄でもなく、穂花の名前が印刷されていた。
手紙のやり取りなど年賀状程度しかない彼女には、封筒を送ってくる相手の心当たりなどもちろん無い。戸惑いながら手首を返す。裏面の隅には、クラス便りで見るような角張った文字で、新宿の事務所の住所と、名前が――
穂花は目をこする。文字が変わらないことを確かめて、左頬に触れた。これは夢か、そうでなければ誰かの悪戯に違いない。頭ではそう考えながら、それでも高鳴る鼓動を抑えきれずに、封筒を鞄にしまい込んで最寄り駅へ向かう。少しの期待と大きな不安を追い出すように、気づけば駆け足になっていた。
野中遊助がどういう人物か、詳しくない穂花には説明が難しい。広い括りで芸能人といえば間違ってはいないだろう。穂花はひと月前に彼のことを知って、数日前に手紙を書いた。ファンになってファンレターを書いた――そう言えるだけの自信は、ない。
辻堂駅から東海道線に乗る。電車に揺られながら、スマホも参考書も見ずに両手で鞄の持ち手を握りしめ、手紙のことばかりを考えてしまう。ファンレターに返事は無いものだ。それくらいは知っていた。ではあの手紙はいったい何なのだろう。自分が出した手紙はよほど失礼だったのだろうか。嫌な気分にさせてしまわなかっただろうか――。
――初めてお手紙します。佐々木穂花と申します。神奈川県在住の高校生です。いつも『スピカに願いを』を楽しみに観ています。
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