森を調査する少女、ドロシー
森を調査していた少女、それを尾行して見つかった男。その様子はどちらも挙動不審だった。僕は自分の事を少女を尾行する怪しい人物と理解していたが、逆に彼女は怪しさは自分の方にあると思っているらしい。言われて、確かに森の中での彼女の行動は客観的に見て怪しいものだろうと気付く。
「私はドロシー! ギルドにも登録している冒険者であって、怪しいものではないです! 冒険者だから森に用があったのです!」
ポケットから冒険者証を取り出し、こちらに見せるドロシー。先ほどから少女少女と言っていたが、こうして真向から顔と背格好を見ると年代としては僕と同じくらいだろうか。
とにかく向こうが焦っているなら、こちらはその焦りに乗っかるしかない。なんとか自分のではなく相手の焦りを場に定着させにいく。そして僕自身の怪しさをうやむやにしてしまうのだ。
「ダンジョンに行こうとしてって、パーティも組まずにか? そもそもこの辺はまだダンジョンが蔓延っていないエリアなんだぞ? どちらかというと今のあんたはここで何かを調査しているみたいに見えたが、ここは勇者ステラの最後の場所だよな?」
後ろめたさを誤魔化すために少女ドロシーの怪しい部分を念入りに指摘する。少し喋りすぎたかとも思ったが、問われた彼女は素直にまずいものを見られたという顔になり、うつむいてくれる。
「それは……そうなんですが……でも、それはたまたまというか……たまたま森を歩いていたらここに来たので……」
「いや、君は森に入る前から既に挙動不審だったよな? 思い詰めたような顔をしてたから後をつけてきたんだよ。もしやこの世を儚んでの事かと思ってね」
勢いが付き過ぎて、べらべらと自分の行動をノーガードで喋ってしまう。攻め過ぎの姿勢に冷や汗が出そうになるが、ドロシーは僕に疑念を向ける事はなく、ただぐっと言葉を詰まらせていた。そしてやがて観念したように溜めた息を吐き出し、仕方ないといった面持ちで話し始める。
「実はですね……私は勇者の死について調べたかったのです」
「へえ……」
ここまでは今までの感じで大体わかっている。わかっていても改めて言葉にされると心臓が跳ねるものだが。
「ただ、部外者がそうやって嗅ぎ回るのは村民さんからすればあまり気持ち良くはないでしょう? ですから誰にも見られずこっそり調べるつもりでいたんですよね」
確かに何処の誰ともわからない人間にデリケートな部分を探られるのは村に住む人間としてはあまり気分が良くないだろう。納得できるといえばまあ納得できる話である。
「君は何故勇者の死について調べようと思ったんだ?」
口を割ってくれる空気になった所で一番の核心に踏み込む。部外者が勇者の死を調べたがる理由とは何だろうか。もしも何らかの組織に所属しての行動だとすれば、彼女をやり過ごした所で安心はできない。
「勇者が死亡するなんて大事じゃないですか。だから私、個人的にそれを調べようと思ったんです」
返答は至極あっさりとしたものだった。実際彼女は何かのプロには見えないため、仕事で来たという説明よりは納得ができるが。
「ええと、そういう調査が得意なのか?」
「いえそういう訳ではないですけど」
これもまたあっさりと己の凡庸さを認める彼女。確かに本人の言った通り何かそういう事ができそうには見えなかったが、じゃあ本当に一体何をしにきたのか。ただの素人が気になる気持ちを抑えきれずにステラの死を嗅ぎ回っていたとすれば、確かに村民感情を逆撫でされているような気持ちにもなってくるが。
「勇者の方は魔物に暗殺されたっていう話だったじゃないですか。それが本当なのかなって事が、私気になってまして」
「気になったって……何か、納得できない事でもあったのか?」
「いやそういう訳ではないんですよ。ただ、本当かどうかが知りたくて」
さっきから何を考えているのかわからない奴だ。一瞬鋭い所もあるのかと思ったが、どうもそういう雰囲気でも無い。言った事を全て鵜呑みにするなら、本当にほとんどただの野次馬じゃないか。
「知っているかもしれないが、既に現場はギルド本部の職員が調査しているんだ。それで魔物の仕業だって結論は出ている。変な風に嗅ぎ回ってないでさっさと村の方に戻ったらどうだ」
「そうですよね……やっぱり魔物に殺されたのでしょう。暗殺事件、そうとしか考えられないですもんね」
ぶつぶつ言いながらもうんうんと頷いてくれる彼女。結論が出たようで、僕の方もようやく完全にほっとできた。初めからわかっていたような事を改めて再確認しただけだが、とにかくその程度の事で引く相手で助かった思いだ。
「となると、やっぱり彼女の事を
同じトーンでそう呟く彼女。相変わらずよくわからない事を言う女の子だ。ステラを助ける。死んでしまった人間を助ける。こんな子はさっさと村から出ていった方が良いだろう。
「助けるってどういう事だ? ステラの事か?」
「ああ、はい」
心臓がやけに熱を持って大きく鼓動を刻み始めている。理性では意味不明だと思っているのに、口は彼女に言動の説明を求めている。この子はただ単に変な子だ。そうとしか思えない、それなのに
「私、ユニークスキルを持っているんですよね」
「ユニークスキル?」
「それでステラさんを救う事ができるかなって」
ただ会話しているだけで体中が熱い。興奮のあまり目の前がぐわんぐわん揺れそうになる。普段当たり前にこなしていたようなやり取りがおぼつかなくなり、聞いた音を咀嚼するのに脳の全リソースを消費しそうになる。
「私はこの能力を……
少女の口が耳慣れない言葉を紡ぎ出す。その意味は全くわからない。なのに心臓の鼓動は今日一番早く高く鳴り続けていた。
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