notおみやげ
恩知らずなオッサンから離れていったあと、僕たちは診療所へと歩いていた。変に緊張した歩き方の僕に、後ろを黙ってついてくるマリア。知らない人間が見ても「何かあったな」と思うかもしれない。
「まったくガンドムもなー! あんな度の強い酒がマリアに飲める訳ないのに! バカな事言うよなーまったく!」
「……」
僕が適当な話を振るも、後ろからついてくるマリアは答えない。明らかにすねた様子に僕の気まずさは加速していく。
「私は市場で見つけた本とか貸したりあげたりしてるのになー……。おみやげとかしない人だと思ってたのに、ガンドムさんにはするんだもんなー……」
マリアが歩きながら僕の背中に人差し指をぐりぐり押しつけてくる。視界の裏側からのダイレクトアタックを受けて、もう素知らぬ顔でオッサンを囃し立てる事もできない。
「い、いやだって、あのお酒はガンドム用だし……マリア、お酒いらないだろ?」
「お酒が欲しいんじゃないんですよ……」
理屈のずれた言い訳に対して当たり前の返答が返ってくる。だが理屈に沿えば何も言う事を持たない僕は、気付かないふりでそのまま話を進めるしかないだろう。
「だ、だってさあ、あれほんとに度が強くて飲めたもんじゃなかったよ、うん。アナスタシアも強すぎて噴き出しちゃってたしさー」
「だからそうじゃなくて……ん?」
先ほどのように一言のもとに切り捨てようとしたマリアだが、何かに気付いたようにぴたりと足を止める。同じく足を止めてうっかりと振り返る僕。
「アナスタシアにはあげてるじゃないですか、お酒ーーー! 私だけもらってない! 私だけもらってないいーー!!」
両手で僕の肩をひっつかんで悲哀の声を上げるマリア。いかん、もう前を向いたままダッシュで逃げるべきだった! 必ず過ぎた後に失言に気付く! それが僕のユニーク特性!
「い、いや違うって! 孤児院で酒を開けてみんなで一緒に飲んだだけだから! アナスタシアも一口飲んだだけ!」
「私は一口だって飲んでないんですよ! 孤児院の方々もアナスタシアも飲んだお酒を私は飲ませてもらってないんですよお!」
「い、いやジョシュア! ジョシュアにもあげてないから!」
「リーダーにまであげてたらもはや何がなんだかわからないでしょ! なんでですか!? なんで私だけ蚊帳の外なんですかーー!?」
言えば言うほど悪くなる状況に眩暈がしてくる。どうにかなだめて診療所までやり過ごせないかと必死に考えるが、肩をガクガク揺さぶるマリアの攻勢によってもう頭の中は何がなんだかわからなくなっている。
し、仕方ない……こうなったら……。
「じゃ、じゃあマリアは何が欲しいんだよ?」
「何がとかじゃなくて、何かがほしいんですよ! あなたがくれるものが欲しいんですよ!」
「なるほど、つまり何でもいいんだな!? 何でもいいんだな!?」
「え? いやそれは……」
「いいや、今確かに言った! 何でも良いって言ったもんね! という訳で、はいこれ! どうぞ!」
言質取ったぞとばかりに僕はポケットからある物を取り出し、それをマリアの眼前に突き出した。思わずのけぞる彼女にそれでもその手を引かない、やぶれかぶれに差し出す起死回生の贈り物。
それは精巧な美しい模様の彫られた銀細工の装飾品……指輪だった。
「えっ?」
先ほどの勢いとはうってかわって、まるで憑き物の落ちたようなキョトンとした顔で僕と指輪とを見比べるマリア。
「えっと、その……あのお酒と一緒に売ってたからさ……鍛冶の町のラムドワは装飾品も盛んだから……」
言い訳するように説明する僕だが、実際色々な意味で言い訳でしかない。買ったのは市場のはずだが酒と指輪を並べて売っていたのだろうかとか、やけにラムドワに詳しいライト君はその辺をわざわざ調べていたのだろうかとか。
「えっと、これさ、プラチナをイメージした色合いの銀の指輪らしいんだよ。前にマリア、プラチナでアクセサリを作ったら綺麗だろうって言ってたからさ。だから、まあ、良いかなって……あと防御効果のある魔道具でもあるし……」
いやプラチナをイメージした銀ってなんやねんとも思うが、とにかくそういう触れ込みで売られていたのだからそうとしか言いようがない。ていうか実は本物のプラチナリングも買ったのだが、流石に重すぎるだろうと日和りに日和って、結局プラチナ風の実用魔道具を別で買ってしまったのである。
「い、いや、いらなかったならいいんだけどさ! ただアクセサリとして気に入らなかったとしても魔道具な訳だし、無駄にはならないかと思って! ぼ、僕はこういうのわかんないから変なの買っちゃってたらごめんだけど……」
マリアは相変わらず感情の起伏を置き去りにしたような顔でぽかんとこちらを見ている。先ほどみたいにこちらを責めたりすねたりしている訳でもないのに、そのまなざしに変な汗が止まらない。
ああもう、やっぱいきなりアクセサリーは駄目だったのか!? だから渡すかどうか迷ってたのに、ていうかせめて診療所でゆっくり考えたかったのに、変なタイミングでマリアが来るからその暇すら無かったんじゃないか! もう素直にラムドワまんじゅうでも買っとけば良かったし、なんなら指輪じゃなくてネックレスとかだったらセーフだったのか!? ああもうわかんねえ~~~!!
泳ぎに泳がせた目が村の中をやたら広く見渡し、なのに何一つ動揺を紛らわせるようなものを見つける事ができない。というか僕ら以外誰もいない。それなりに活気の出てきたノウィンの村の中で台風の目みたいにぽつりと取り残された二人、その内僕だけがただひたすら取り乱しているこの状況。とうとういたたまれなくなってマリアを置いて逃げ出してしまおうかなんて馬鹿みたいな事まで考え始めたところで
今度は思考が停止した。
心の内の焦りも動揺も迷いも全て、僕を覆い尽くす目の前の感覚によりいとも簡単に塗り潰されていった。あとに残るのはただここちよい暖かさと、ふわりと漂う良い匂い。
「……マリア?」
彼女は僕を抱きしめていた。
彼女が何を思ったのか、どんな顔をしているのかはわからない。ただ触れる彼女の体は熱かった。決して離すまいとするように両腕で僕の事を抱きしめていた。
彼女は何も言わない。ただ僕がここにいる事をわざわざ確かめようとするみたいに手で、体で、顔で、あまさず僕に触れ続けていた。まるで僕を僕のものであると知らないように。あるいはたった一つの自分と僕とを共有したがっているように。
思考は停止していた。だが心臓はいつにもまして動いていた。彼女の体の事なのか自分の体の事なのかもわからない熱さがつま先から頭まで僕の事を支配していた。
いやきっとこれは彼女の熱さなのだろう。だって、抱きしめる彼女と同じ衝動に心臓が突き動かされている。自分からも彼女に触れたいと、彼女の熱に感化されるように心が声を上げている。
ぼくは彼女の頬に触れようと手を伸ばした。いまだ触れた事もない、触れようとした事もない、その美しく滑らかな想像の先に手を伸ばし
そしてそのままその手を掴まれてぐいっと押し戻された。
「え?」
思考が呼び戻される。突然横からやってきた変な力強さが、僕を想像の世界からすっと現実の方へと叩き返していった。
「あの、ライトさん」
彼女は僕に身体をくっつけ、腕をつかんだままに言う。
「顔見ないでもらえます?」
「え?」
この状況下で突拍子も無い発言。思わず反射的に彼女の方を覗き込もうとしてしまう。
「見ないでもらえます!?」
「あっ、え? えーと?」
顔を背けるべきなのかなんなのか、固まってしまう僕。
「だから! ちょっと予想外のプレゼントもらえたくらいで思わず涙出るほど喜んじゃった不覚過ぎる顔見られたくないので、しばらくじっとしててくださいませんか!?」
「あ、はい」
顔を伏せたままに言う彼女の勢いに飲まれ、言う通りに目をそらす。それから彼女はまた僕を抱きしめた姿勢のままスンと静かになった。
え? 見られたくなかっただけ? 泣き顔を見られたくなかっただけ?
じゃあ抱きしめられて無駄にドキドキしてた僕は何だったのだろう。なんかそういう空気なんだろうなって思って意を決してマリアの方に触れに行った僕の覚悟は。
いや、けどまあ……。実は照れ隠しなのか……? 抱きしめた後に恥ずかしくなったとか……。
そうも思うがその手の事に疎い僕には彼女の真意はわからず、ただ状況の許すままにぬくもりの中で空を見続ける事しかできない。
とりあえず僕は頬に触れようとしたその手をそっと背中に回した。彼女は何も言わなかった。まあいいか、と思った。
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