三日間という空白

 そのようにして、調査の話はまとまった訳だ。三日で必要素材を集める。それができたら犯人は明るみになるし、もしもを受けたら犯人はわからない。


「ライトさーん、ごはんから帰って来てから読書が進んでませんよ~。何かあったんですか~?」


 魔道具で犯人が特定できると言われた瞬間、僕はついにこの時が来たかと思っていた。これで全てが終わり、あとはなるようになるだけだと。もう隠し偽り続ける必要は無いのだと。


 だがそこに唐突に差し込まれた空白の時間。先ほど僕の気持ちはもう断罪されるのを待つのみだった。だが本当はまだそこに至るまで三日ある。これでなお僕が断罪されるとすれば、それは僕が三日間観念し続けた場合のみだ。


 もしも処刑の場で自分の心臓目掛けて射られた矢が到達までに三分掛かるとしたらどうする? 自分は罪人なのだからとずっとつっ立ったまま逃げずにいる? 最初の一分くらいはそう思っていられるかもしれない。だが僕はその迫る矢の切っ先が恐ろしい。目に映る度に汗が出るんだ。


 特に読むでもなく、目の前の文字の羅列を目に入れる。この一週間、現実から目を逸らすように黙々と何冊も小説を読んできた。最初は逃げ込む先としてふさわしい場所だと思っていた。だが本の中でも人は殺されていた。


 読み漁って気付いた事なのだが、どんな物語でも人殺しは必ず不幸になる。殺人は忌避すべきタブーであり、「人を殺したけどしょうがないよね」とは何処の誰も言ってくれない。誰もみな人殺しになるまいと、大切な人を人殺しにさせまいと躍起になっている。


 テーマになるのはいつも人を殺すか殺さないかの葛藤までだ。既に殺してしまった人間に悩む余地など残されてはいない。人殺しというのは仲間ではなく、討伐されるべき目標なのである。


「無理だ……このままつっ立ったままでいるなんて無理だ……」


 僕は人殺しになんてなりたくない。人殺しになんてなりたくなかったんだから当然だ。僕に三日も与えればこうなるに決まってるじゃないか。だって僕の足は何処にでもいけるんだから。


「ライトさん、本当にどうしたんですか? さっき外が騒がしかったですけど、なんだったんですか?」


 肩を揉む手を止めて、マリアが聞いてくる。そういえばこいつはさっきの事について知らないんだな。


「ギルド本部の調査員が来たんだよ。三週間前の件について魔道具で犯人の顔がわかるんだってさ」


「なんと! 凄い!」


 マリアは驚きながら僕の背中を両手でポンポン叩き出す。何の行動だそれは。


「ただ、そのために素材を要求されたんだよ。ドレイクとかワイアームとか」


「ええー!?」


 法外な要求に彼女もまた驚く。やはり冒険者経験のある人間の反応はそれに尽きるだろう。


「うーん……ギルド本部の人間もなんだか現金なのですねえ。その魔道具は確かに驚きですが……」


 マリアは(自分の)腕を組んで考え始める。まあギルドもそこまで金が潤沢な訳でもないとバリオンギルドのフィリアさんが言っていたし、六割金を出すと言ったのは頑張った方なのかもしれない。


「その手の素材を集めるとなると、Aランクパーティの私達が動くしかないかもしれませんねえ」


「Bランクだろ?」


「え? いやいや、私達つい最近Aランクパーティに昇格したじゃないですか。ちょうどライトさんが抜けてすぐ……あっ!」


 はっとしたようにマリアはわざとらしく口を押える。いやお前、今までさんざん歯に衣着せぬ発言をしておきながら何でそこだけ変に気を使い始めるんだよ。


「ち、違いますよー! 別にライトさんが抜けたから動きやすくなったとか、ライトさんを守る必要がなくなったから高レベルダンジョンに挑めるようになったとかじゃなくて……違うんですよ、なんかこう……えへへへ!」


「もういい」


 短く言い切って、特に読む気の無い本にわざとらしく視線を戻す。僕が追放された後のパーティが順調ならばそれは大いに結構な事だ。どうかその調子で頑張ってくれ。


「ライトさーん! それでどんな素材が必要なんですかライトさーん! ちゃんと教えてくれないとわからないですよ私! ライトさーん!」


 肩を掴んでガッタガッタ揺らすマリアに対して、僕は石化したように本に目を固定していく。そもそも僕は考える事が多くて忙しいのだからこいつに構っている時間なんてないのだ。


 マリアはしばらく僕の肩越しに椅子に振動を送っていたが、やがて諦めたのか何も言わなくなり肩に掛けた手も大人しくなる。


 そして今度はその肩に手を置いたまま僕の背中にそっともたれ掛かり、体温が伝わるくらいの距離に体をくっつけながら耳元でぽつりと呟いた。


「私だって本当はあなたとずっと一緒にいたかったんですけどね……」


 人の目もはばからないような先ほどの言動と違い、世界でたった一人だけにしか伝わらないほどの小さな声。そのたった一言の後、あれほど騒がしかったヒール室には木々の葉のこすれ合うわずかな音くらいしか聞こえなくなっていた。




 え? 何これ


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